憑依

75
小百合の顔が明るくほころんだ。
「ボブスレーなら、あたしも乗りたいわ。一緒に行こうか」
「わお、ほんまに連れて行ってくれるん?」優子は目をまん丸くして、口を開け、両手を組んで、義姉の顔を見上げた。
「そんなら、さっそく、次の日曜日に行こうか。日曜日はなんも用事がない?」
「ない、ない。お姉はん。好き」
奈良ドリームランドは、本場アメリカ西海岸にあるディズニーランドを模して数年前に作られた、画期的なレジャー施設である。特に、人気のあるボブスレーは、本場ディズニーランドのマッターホルン・ボブスレーによく似ている。狭い洞窟や険しい渓谷を、時速六〇キロで駆け抜けるスリルは、当時の日本で体験することはできなく、世間の評判を呼んだ。
小百合は新しくて、冷たい飲み物を、賢素と豊雄に渡した。氷がカチャカチャ音を立てた。
「豊雄さんも、行かない?」
小百合に見つめられると、断りづらかった。別に用事もない。豊雄は同意した。
「やったー!」
「よかったら、横山さんも行きませんか?」小百合はそつなく誘いをかける。
「いや、ぼくは、そないな図々しい真似はできませんよ」
「日曜日はお忙しいやろか?」
賢素は、せわしない動きで手のひらを横に振った。
「いえ、いえ、そないなことはないんですけど、……」
小百合に最後まで言わせてもらえない。
「そんなら、ええじゃおへんか。男一人と女二人じゃ、バランスが悪いし、豊雄さんだって、居心地悪いどすから」
結局、女二人に圧倒されて、賢素も同行することになった。もちろん、賢素は奈良ドリに行きたくてうずうずしていた。優子の髪のあたりから漂ってくる、なにか甘ったるいような匂いに、強烈に引きつけられていたのだ。
さらに一時間ほど賢素は数学を教えた。優子が解くのを見ながら、ぼんやりと妄想にふけっていたことが、四度あった。
「横山はん、ねえ、横山はん」
賢素は我に返った。「あ、かんにん、かんにん」
「横山はん、お名前はなんていうんどすか?」
「まさもと、といいます」
「ふうん、じゃあ、まーはん、それとも、まーくんって呼べばええどすか?」
賢素は赤い顔をして、頭をかいた。
「なんや、恥ずかしいなあ。まーくんって、うちの姉貴にはよばれてるんですけど」
「じゃあ、まーくんがええな。これからそう呼びますね。とよはんも教えるの上手だけど、まーくんも上手ね。また、教えて下さいな。あたし、もううちに帰る時間なの」
「ボブスレーなら、あたしも乗りたいわ。一緒に行こうか」
「わお、ほんまに連れて行ってくれるん?」優子は目をまん丸くして、口を開け、両手を組んで、義姉の顔を見上げた。
「そんなら、さっそく、次の日曜日に行こうか。日曜日はなんも用事がない?」
「ない、ない。お姉はん。好き」
奈良ドリームランドは、本場アメリカ西海岸にあるディズニーランドを模して数年前に作られた、画期的なレジャー施設である。特に、人気のあるボブスレーは、本場ディズニーランドのマッターホルン・ボブスレーによく似ている。狭い洞窟や険しい渓谷を、時速六〇キロで駆け抜けるスリルは、当時の日本で体験することはできなく、世間の評判を呼んだ。
小百合は新しくて、冷たい飲み物を、賢素と豊雄に渡した。氷がカチャカチャ音を立てた。
「豊雄さんも、行かない?」
小百合に見つめられると、断りづらかった。別に用事もない。豊雄は同意した。
「やったー!」
「よかったら、横山さんも行きませんか?」小百合はそつなく誘いをかける。
「いや、ぼくは、そないな図々しい真似はできませんよ」
「日曜日はお忙しいやろか?」
賢素は、せわしない動きで手のひらを横に振った。
「いえ、いえ、そないなことはないんですけど、……」
小百合に最後まで言わせてもらえない。
「そんなら、ええじゃおへんか。男一人と女二人じゃ、バランスが悪いし、豊雄さんだって、居心地悪いどすから」
結局、女二人に圧倒されて、賢素も同行することになった。もちろん、賢素は奈良ドリに行きたくてうずうずしていた。優子の髪のあたりから漂ってくる、なにか甘ったるいような匂いに、強烈に引きつけられていたのだ。
さらに一時間ほど賢素は数学を教えた。優子が解くのを見ながら、ぼんやりと妄想にふけっていたことが、四度あった。
「横山はん、ねえ、横山はん」
賢素は我に返った。「あ、かんにん、かんにん」
「横山はん、お名前はなんていうんどすか?」
「まさもと、といいます」
「ふうん、じゃあ、まーはん、それとも、まーくんって呼べばええどすか?」
賢素は赤い顔をして、頭をかいた。
「なんや、恥ずかしいなあ。まーくんって、うちの姉貴にはよばれてるんですけど」
「じゃあ、まーくんがええな。これからそう呼びますね。とよはんも教えるの上手だけど、まーくんも上手ね。また、教えて下さいな。あたし、もううちに帰る時間なの」