憑依

花
prev

76

 優子はいそいそと帰り支度をはじめた。ひだがたくさん入っているスカートをひるがえして立ちあがったかと思うと、襖の向こうで手を振った。
 「まーくん、また教えて下さいね」
 髪から、目から、口から、きらきらとした輝きが放射されているみたいだと、賢素は思った。

 夏休み後の日曜日だから、もっと空いているかと思っていたら、大間違いだった。国道24号もずっと込んでいたし、奈良ドリの駐車場に入るまでも時間がかかった。
 「ふう、押し込められとったから、あちこちが痛いわ」
 賢素がでてきたのと反対側のドアからは、好対照に元気溌剌な声がした。
 「うわあ、あれが、ボブスレーの山な。お城も見える。ほんま、夢みたいなとこな」
 視界から、よくワックスの掛けられたポルシェと、品よくおめかしをした優子と、おとぎの世界のようなドリームランド以外を取り除けば、本当に絵になる光景である。優子が賢素に近づく。腕を引っ張って、眺めのいいところへ連れていく。バランスに欠けた男女である。
 スカイラインのドアを静かに開け閉めして、小百合も歩きだした。豊雄もついていく。ドリームランドのお城を背景に、二人ずつ、かわりばんこに写真に収めた。
 そして、ボブスレーの順番を気長に待ち、いよいよ搭乗することになった。
 係員の指示に従って、カートの中に乗りこんだ。係員が親切で明るく指示をするのが、とても新鮮だった。服装もそうだし、なんだか、今までの日本にはない、斬新なスタイルである。二両編成のカートの一つに四人で乗った。バーに夢中でしがみつくと、なにやら胸が高鳴ってくる。音がして、急に動きだした。途中でギブアップしたくても、もう下車はできないのだ。やめておけばよかったかな。豊雄は今更ながら怖くてしかたなくなった。車輪が、レールの連結部を通るときに音がするのだろうか、ゴトゴトいいながら暗いトンネルの中を進んでいく。裸電球の光に前部座席にいる優子の髪が浮かぶ。肩にかかる髪を見ていると、右手を握られた。ほんのり心地よく湿っていて、小さい。豊雄はとっさに右側に座る小百合を見た。小百合は少しだけ口元をゆるませて、やさしい目で豊雄を見つめた。豊雄が何もいえないで、なにか思考をまとめようと努力しはじめたとき、目を強烈な日差しが射て、カートが水平になったと思った次の瞬間、まっさかさまに急降下した。小百合が握るのを強めた。ええい、ままよ。豊雄も小百合の手を握り返した。二人の汗が混じりあって、手がほどけそうになったが、握り返して、しっかりつかんだまま山の斜面を駆け抜けた。
next

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日