憑依

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いざなぎ景気のせいかわからないが、今年の売り上げはとてもよかった。洋服をみんな着るようになってからというもの、着物産業は一気に傾いたのに、平井屋は残っている。残っているどころではない。皮肉なことに和服が廃れてからの方が繁盛している。どういうわけなのかわたしにも佐緒里にもよくはわからない。淘汰されて、集中したのかもしれない。普段着で着物を着ない分、振袖などに金をかけるようになったのかもしれない。ただ、言えることは、平井屋が、京都にあり、京都は着物需要が他地域とは比べ物にならないくらい大きいということだ。神社仏閣、観光産業、茶屋の芸妓舞妓は、着物を買うときには、京都の老舗を選ぶ。平井屋が戦後民主主義の時代にも繁栄を極めているのは、どうもそういった事情があるようだ。まして、いざなぎ景気で、人々の懐は温かい。店の者に半額補助してやって、平井屋あげてハワイに繰り出せるのも、いざなぎ景気のおかげだ。
いつもの年だったら、従業員の積み立てに少し補助してやり、夏の終わりに、紀伊か九州あたりの温かいところで保養する。ついこの間、JALがハワイなど海外のパック旅行を売り出した。「ジャルパック」は流行語としてCMでもよく聞くようになった。海外旅行も夢ではないかと思っていたら、今年のこの売り上げで、念願をかなえることができた。
クルーザーを貸してくれるなどの支援をしてくれた武雄のおかげでもある。ハワイで旅行者の現地駐在員をしている親類の日系アメリカ人のおかげでもある。とにかく、今の幸福に感謝し、気を引き締めて、驕り高ぶらないようにしなければと、光雄は思った。小百合のとりなしで豊雄に大学を休ませて連れていくこともできた。あんなことがあったばかりだから、リゾートにいく気分にはなれないかもしれないと思っていたが、大学の同級生の横山君も連れていこうと提案したら、参加に同意してくれたらしい。横山君一人くらいの旅費はこの際なんということはない。彼だったらわたしも賛成だ。お父さんが天台宗座主で、あの名僧西山さんとも顔見知りだそうだからな。まあ、とにかく、小百合さんはうまく説得してくれたみたいだ。
「コーヒーか紅茶をお持ちいたしますが、どちらがよろしいですか?」
知的で清潔感のある化粧を施した客室乗務員が五人掛けの中央に座っている光雄に声をかけた。光雄には彼女が別世界の人に思えて、硬くなった。
「じゃあ、コーヒーをお願いします」
フライト・アテンダントが用意しているあいだ、左を眺めると、一行は一様に緊張している。高度一万mで、気圧が低く耳に違和感があるせいもあるだろう。意外な寒さで身が縮んでいるせいもあるだろう。さらには、佐緒里以外はまったく面識のない、河野富子という才女がいるせいでもあった。佐緒里の短大時代の同級生の妹。国立大学の法学部出身、司法試験に合格し、弁護士事務所に勤務してすぐ、府知事に引き抜かれた。
いつもの年だったら、従業員の積み立てに少し補助してやり、夏の終わりに、紀伊か九州あたりの温かいところで保養する。ついこの間、JALがハワイなど海外のパック旅行を売り出した。「ジャルパック」は流行語としてCMでもよく聞くようになった。海外旅行も夢ではないかと思っていたら、今年のこの売り上げで、念願をかなえることができた。
クルーザーを貸してくれるなどの支援をしてくれた武雄のおかげでもある。ハワイで旅行者の現地駐在員をしている親類の日系アメリカ人のおかげでもある。とにかく、今の幸福に感謝し、気を引き締めて、驕り高ぶらないようにしなければと、光雄は思った。小百合のとりなしで豊雄に大学を休ませて連れていくこともできた。あんなことがあったばかりだから、リゾートにいく気分にはなれないかもしれないと思っていたが、大学の同級生の横山君も連れていこうと提案したら、参加に同意してくれたらしい。横山君一人くらいの旅費はこの際なんということはない。彼だったらわたしも賛成だ。お父さんが天台宗座主で、あの名僧西山さんとも顔見知りだそうだからな。まあ、とにかく、小百合さんはうまく説得してくれたみたいだ。
「コーヒーか紅茶をお持ちいたしますが、どちらがよろしいですか?」
知的で清潔感のある化粧を施した客室乗務員が五人掛けの中央に座っている光雄に声をかけた。光雄には彼女が別世界の人に思えて、硬くなった。
「じゃあ、コーヒーをお願いします」
フライト・アテンダントが用意しているあいだ、左を眺めると、一行は一様に緊張している。高度一万mで、気圧が低く耳に違和感があるせいもあるだろう。意外な寒さで身が縮んでいるせいもあるだろう。さらには、佐緒里以外はまったく面識のない、河野富子という才女がいるせいでもあった。佐緒里の短大時代の同級生の妹。国立大学の法学部出身、司法試験に合格し、弁護士事務所に勤務してすぐ、府知事に引き抜かれた。