憑依

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それはただ見慣れない人が輪の中にいるという緊張でもあった。しかし、それだけではなく、富子には、なにか近寄りがたくさせる高貴な雰囲気とでもいうようなものがあった。気づまりにさせるというものではけっしてない。話題も豊富で、そつなく話す。あえていってみれば、こちらが恥ずかしくなるほど相手が立派だという感覚であろうか。弁護士で、知事の秘書、しかも若く美しい女性、ということで、凡庸な人間には逆立ちしてもかなわないと、勝手に思いこんでいるだけなのかもしれない。
光雄の隣に佐緒里、その隣、通路側の席に富子は座っていた。
「紅茶をお願いします」
佐緒里がいうと、富子は「同じものを」と繊細な声でいった。紺のパンタロンにローズピンクの薄手のブラウス。ひざかけの上に手を置いて、伏せ目がちでシートにもたれていた。
富子の後ろに小百合、右に優子、豊雄、賢素の順に座っていた。豊雄は小百合のことも気になっていたし、身近に新しく登場した女性、富子のことも気になっていた。しかし、機内では、富子とは言葉を交わさなかったし、小百合とも用件以外口を利かなかった。優子とたわいもないことを話したり、優子と賢素の間で話を合わせたり、賢素と大学の話をしたりするうちに、目的地に到着していた。生れて初めての飛行機で、乗る前はむしょうにわくわくしたが、飛行中はなにごともなく、こんなものかと思った。
飛行機を恐れていた気持ちも、いまではあっけないほど消えている。しかし、高度があるせいで、圧迫感にはさいなまされていた。始終意識しているわけではないが、ふとしたときに、圧迫感と超高音域の雑音が、あたりを支配していることに気づくのだ。それは、富子の存在感であったかもしれない。富子を妙に意識してしまう。富子も自分を意識しているような気がする。それは、まったくの思い上がりだ。そう思うが、しばらくするとまた意識している。ここからは、彼女の後ろ姿しか見えない。よく手入れされたつややかな髪しか見えない。しかし、後頭部に顔があるように思ってしまう。後頭部の顔にある目が自分を射るように見つめていると思ってしまう。ちょうどあの感覚に似ている。繁華街の表通りで、大学の高い木の下で、鴨川の橋のたもとで、鋭い視線を感じて振り返るとそこにはないもない、そのときの不思議な、気味の悪い、でもなぜか親密感もそこにはある、そんな感覚に似ている。
やがて、ジャンボジェットは空港に着陸した。空港の空気を吸っただけで、南国にきたことを実感した。空気は熱く湿っていたが、日本のそれよりも心地よかった。出国前の日本がものすごい雨だったことを考えると、どこまでも青いハワイの空が嘘のようだ。旅行者の現地駐在員や旅館の運転手、その他もろもろが大勢、笑顔で手を振って出迎えにきている。ハワイの民族衣装、しかもなぜかビキニ姿の若い娘たちが、色とりどりのレイをロビーに出た観光客一人ひとりの首にかけてくれた。たしかに、ハワイにきたという実感がいやがうえにも高まる。
光雄の隣に佐緒里、その隣、通路側の席に富子は座っていた。
「紅茶をお願いします」
佐緒里がいうと、富子は「同じものを」と繊細な声でいった。紺のパンタロンにローズピンクの薄手のブラウス。ひざかけの上に手を置いて、伏せ目がちでシートにもたれていた。
富子の後ろに小百合、右に優子、豊雄、賢素の順に座っていた。豊雄は小百合のことも気になっていたし、身近に新しく登場した女性、富子のことも気になっていた。しかし、機内では、富子とは言葉を交わさなかったし、小百合とも用件以外口を利かなかった。優子とたわいもないことを話したり、優子と賢素の間で話を合わせたり、賢素と大学の話をしたりするうちに、目的地に到着していた。生れて初めての飛行機で、乗る前はむしょうにわくわくしたが、飛行中はなにごともなく、こんなものかと思った。
飛行機を恐れていた気持ちも、いまではあっけないほど消えている。しかし、高度があるせいで、圧迫感にはさいなまされていた。始終意識しているわけではないが、ふとしたときに、圧迫感と超高音域の雑音が、あたりを支配していることに気づくのだ。それは、富子の存在感であったかもしれない。富子を妙に意識してしまう。富子も自分を意識しているような気がする。それは、まったくの思い上がりだ。そう思うが、しばらくするとまた意識している。ここからは、彼女の後ろ姿しか見えない。よく手入れされたつややかな髪しか見えない。しかし、後頭部に顔があるように思ってしまう。後頭部の顔にある目が自分を射るように見つめていると思ってしまう。ちょうどあの感覚に似ている。繁華街の表通りで、大学の高い木の下で、鴨川の橋のたもとで、鋭い視線を感じて振り返るとそこにはないもない、そのときの不思議な、気味の悪い、でもなぜか親密感もそこにはある、そんな感覚に似ている。
やがて、ジャンボジェットは空港に着陸した。空港の空気を吸っただけで、南国にきたことを実感した。空気は熱く湿っていたが、日本のそれよりも心地よかった。出国前の日本がものすごい雨だったことを考えると、どこまでも青いハワイの空が嘘のようだ。旅行者の現地駐在員や旅館の運転手、その他もろもろが大勢、笑顔で手を振って出迎えにきている。ハワイの民族衣装、しかもなぜかビキニ姿の若い娘たちが、色とりどりのレイをロビーに出た観光客一人ひとりの首にかけてくれた。たしかに、ハワイにきたという実感がいやがうえにも高まる。