憑依

花
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 真夏の青い空だった。ついこのあいだ去っていったはずの、真夏の青い空のもと、ビキニとサングラスが焼けた白い貝殻粉のうえを歩く。恐ろしいほど一様に青いゼリーのあちこちでは、赤や黄色のサーフボードが滑る。サーフボードのもっと向こうには、白いクルーザーが波をつくっている。白いクルーザーの横をすりぬけたディンギーで白い歯を見せ、にこっと笑う豊雄が、クルーザー上の賢素と優子に手を振る。
 「すごい、とよはんって、ヨットに乗れるんだあ」
 「ああ」賢素は口をあんぐり開けていた。「豊雄って、かっこええなあ」
 ディンギーのうえでは、小百合が青いワンピースの水着がほとんど豊雄につくぐらいに寄り添って、怖がっていた。
 「豊雄はん、もっとゆっくり漕いでよ」
 豊雄は完璧に風をとらえていた。さらに速度が上がる。かれはなんのためらいもなく、面舵をいっぱいに切った。その直前に、優子たちの乗るクルーザーから視線を感じた。あの妙な視線だ。なんでこんなところで? 豊雄は思わずバランスを失い、ディンギーをチンさせた。青い海は、結構深かった。海底は見えなかった。小百合のことが心配になり、右往左往して探した。彼女は豊雄の足の下まで潜り、サンゴの上で手を振っている。豊雄もすぐにそこまで潜った。冗談なのか、小百合は大きく腕を開いて、豊雄を誘う真似をした。豊雄も笑って応じた。胸と胸が密着するほど近づいても、小百合はそのままでいる。目を見たら、真面目に豊雄を誘っていた。目をつぶったので、その形のいい唇に唇を重ねた。舌が温かい。強く抱きあって、唇をむさぼりあった。やがて、小百合が豊雄の腕からするりと抜けて、太陽がぎらぎら光る水面に急上昇した。豊雄もすぐ追いかけた。
 「プハ」
 海面から顔を出し、周りを見回すと、小百合は光雄の運転するクルーザーに向かって泳いでいた。優子が出している手まで、それほど遠くはない。豊雄がディンギーを立て終わったころには、もう小百合はクルーザーの上にいた。康彦に笑って、なにかいっている。ディンギーをだるそうに操作して帆を張ると、横目で小百合の後ろ姿をもう一度見て、豊雄は狂ったように疾走した。

 プールサイドの白いデッキチェアに寝そべるようにして、小百合は楽しそうに佐緒里や富子、優子ととりとめもなく言葉を紡いでいた。その様子は、ホテルの客たちの注目を集めていた。ロビーから豊雄と賢素が歩いてくると、優子が笑顔で手を振った。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日