憑依

花
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82

 ヤシの鉢の隣に座る優子の横に賢素が掛けた。その隣に豊雄はついた。右に小百合がいた。ちらっと見る。正面の富子になにか言っている小百合の横顔がまぶしく見え、視線を前に向けた。富子とまともに目があった。とてもよい目をしていた。
 「ねえったら」
 優子に腕を強く引っ張られて、顔を向けると、変な質問をされた。
 「ねえ、とよはん、さっき、ヨットから落ちたとき、ずいぶん長い間、二人は水の中にいたけど、何しとったん?」
 「えっ?」
 思いもかけない質問に、豊雄は動揺した。優子がじっと様子をうかがっている。
 「別に、何をしていたわけでもないけど、思いがけずに転倒して、いきなり水の中に突っ込んだから、上下左右がわからなくなって、慌てふためいていたんだよ。小百合さんが深いところに沈んでるから、海面を教えようと思って近寄ってさ……」
 「そう、そしたら、海底の方にきれいなサンゴ礁があるんで、思わず見とれてしもたの」
 豊雄は、小百合の作り話にどう話を合わせようかと慌てたが、その必要はなかった。
 「わあ、ほんまにサンゴ礁があったん? ええなあ、うちも明日見に行く」
 身を乗りだして優子は小百合と話しこんだ。頃合いを見計らって豊雄は小百合にきいた。
 「おじさんたちは?」
 小百合は眉を寄せて、両手でトランプを広げるまねをした。
 「もしかして、カジノで遊んでいるんですか?」
 「ねえ、うちもカジノに行きたい」と、優子。
 「じゃあ、ちょいだけ行ってみるか」
 小百合が楽しそうに皆の顔を見まわした。だれも反対するものはいない。というより、賢素は、立ちあがって気をつけの姿勢を取っていたし、富子までが、「賛成」と手を挙げて喜んでいた。

 整然と並んでいるドアの一つをノックすると、「はあい」と返事があって、すぐに小百合が顔を出した。
 「今、優子がシャワー浴びてるから、ちょっと中で待ってて下さいますか」
 乾きたてのセミロングを揺らして、富子はソファーに座った。彼女は、鏡の前で髪をとかす小百合の手元に目を止めた。
 「小百合さん、その櫛、とても素敵よ」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日