憑依

83
小百合は櫛をうなじあたりに当てながら、振り向いた。じっと考えこんでいる。
「……どうしたの?」
小百合はにっこりほほえんだ。
「富子さん、もしよかったら、この櫛さしあげましょうか? 優子が平井の家で見つけたんどすって。あの子、こういう昔もっての道具は好きではないみたいで、あたしにくれたのよ。しばらく使っていたのですけど、なにかしっくりこないんですよ。もし、お嫌でなかったら、受け取ってくださいな。実は、あたし、この旅行でわざとなくしてしまおうと思っとったとこなの」
小百合はいたずらっぽく笑った。
「あら、そんな素敵な櫛をわざとなくしてしまうなんて、もったいないことね。じゃあ、試しに、わたしに使わせてもらってもいいかしら?」
小百合はそっと櫛を手渡した。彼女はそれによって秘密も手渡したのだ。
古風なつげのけしを初めて見たのは、平井屋の土蔵の中だった。
呉服屋の倉庫としても使っているが、広々とした空間は幾重にも仕切られ、従業員の憩いの場や佐緒里小百合姉妹の今は使われていない調度品置き場として活用されていた。
あるとき、小百合が季節外れの生地を整理していると、数学を教わろうとして豊雄が帰ってくるのを待っていた優子が、高校の夏服姿で土蔵にはいってきた。小百合がいることに気づかないで、佐緒里か小百合のタンスを開けて、なにか出そうとしているらしい。優子が勝手に佐緒里と小百合が昔使っていた持ち物を引っぱり出すことを許しているから、別にとがめようとしたわけではないが、後ろからそっと近づき、声をかけてみた。
「優子ちゃん、何してるん?」
優子は、一瞬だけびくっとしたが、すぐに振り向いて笑顔を見せた。
「お義姉はん、いたん? かんにんどすえ。これを勝手に借りてたんだけど、もう使わなくなったから、戻しにきたの」
彼女は、古いが見るからに貴重そうな黄楊(つげ)の櫛を顔の前に上げた。
小百合はためつすがめつして、櫛を見ていたが、やがて首をかしげて言った。
「あたしのではないわ。佐緒里姉さんのかしら?」
「でも、小百合ねえはんのタンスに入っとったのよ」
この平井の家で過ごした、少女時代、高校時代の身の回り品が、土蔵の調度品にはたくさん詰まっている。
「あら、ほんまなん? じゃあ、昔に佐緒里姉さんにもろたきり、しまい忘れてしもたのかしらな」
「……どうしたの?」
小百合はにっこりほほえんだ。
「富子さん、もしよかったら、この櫛さしあげましょうか? 優子が平井の家で見つけたんどすって。あの子、こういう昔もっての道具は好きではないみたいで、あたしにくれたのよ。しばらく使っていたのですけど、なにかしっくりこないんですよ。もし、お嫌でなかったら、受け取ってくださいな。実は、あたし、この旅行でわざとなくしてしまおうと思っとったとこなの」
小百合はいたずらっぽく笑った。
「あら、そんな素敵な櫛をわざとなくしてしまうなんて、もったいないことね。じゃあ、試しに、わたしに使わせてもらってもいいかしら?」
小百合はそっと櫛を手渡した。彼女はそれによって秘密も手渡したのだ。
古風なつげのけしを初めて見たのは、平井屋の土蔵の中だった。
呉服屋の倉庫としても使っているが、広々とした空間は幾重にも仕切られ、従業員の憩いの場や佐緒里小百合姉妹の今は使われていない調度品置き場として活用されていた。
あるとき、小百合が季節外れの生地を整理していると、数学を教わろうとして豊雄が帰ってくるのを待っていた優子が、高校の夏服姿で土蔵にはいってきた。小百合がいることに気づかないで、佐緒里か小百合のタンスを開けて、なにか出そうとしているらしい。優子が勝手に佐緒里と小百合が昔使っていた持ち物を引っぱり出すことを許しているから、別にとがめようとしたわけではないが、後ろからそっと近づき、声をかけてみた。
「優子ちゃん、何してるん?」
優子は、一瞬だけびくっとしたが、すぐに振り向いて笑顔を見せた。
「お義姉はん、いたん? かんにんどすえ。これを勝手に借りてたんだけど、もう使わなくなったから、戻しにきたの」
彼女は、古いが見るからに貴重そうな黄楊(つげ)の櫛を顔の前に上げた。
小百合はためつすがめつして、櫛を見ていたが、やがて首をかしげて言った。
「あたしのではないわ。佐緒里姉さんのかしら?」
「でも、小百合ねえはんのタンスに入っとったのよ」
この平井の家で過ごした、少女時代、高校時代の身の回り品が、土蔵の調度品にはたくさん詰まっている。
「あら、ほんまなん? じゃあ、昔に佐緒里姉さんにもろたきり、しまい忘れてしもたのかしらな」