憑依

86
小百合はもう一度両手で捧げるようにして持った櫛をじっと見た。呪縛。そう、呪縛。この呪縛から、やっとわたしは解放される。優子ちゃんも、わたしも、豊雄さんと結ばれてはいけない。でも、富子さんならいい。富子さんは、豊雄さんといっしょになるために、佐緒里ねえさんの仲介で、やってきた人だから。もし、この櫛がふさわしい人がいるならば、それは、富子さんを置いてほかにはない。豊雄さんのことをどんなに好きになってもかまわない人は、富子さんだ。
「どうぞ、受け取ってください」半ば安堵、半ば罪悪感、複雑な思いで小百合は櫛をさしだした。厄介払い。心の中で、何度も首を横に振った。違う。富子さんにとっては縁起もんや。彼女は無理に、そう自分に言い聞かせた。
富子は、櫛を受け取った。そして、そのまま鏡の前に立って、髪をすきはじめた。鏡に映る小百合の目を見ながら。
「わあ、この櫛、すごく使い心地がいいわ。本当にいただいてしまっていいのかしら?」
「ええ、お近づきのしるしに差し上げますわ」鏡の中の小百合がにっこりと笑った。富子も鏡の中で笑い返した。
富子はこのとき、小百合の笑顔の奥になにかが隠されていると思った。よほど、櫛を返してしまおうかと思ったが、手が櫛を放そうとしなかった。髪が櫛に削られるのを望んでいて、手を止められなかった。
「富子さん、その櫛とてもお似合いになってますわ」
頭をタオルで包み、両手で髪をふき取りながら、豊かな乳房を揺らす優子が、富子に話しかけた。糸一筋身につけていないしなやかな体がまばゆくて、同じ女でありながら、富子は照れてしまった。
富子は礼をいって、櫛でしきりと髪を削った。櫛を使えば使うほど、体が熱くなるような、不思議な気分になった。そして、突然、どこからか、今日出会ったばかりの豊雄に対して、切ない気持が込み上げてきた。
もうもうと立ちのぼるタバコの煙の中、スロットマシーンの音が鳴り響いていた。スロットマシーンの列を抜けると、ポーカーやバカラをやっている台があった。ルーレットの台に光雄と康彦と佐緒里がチップを積んでいた。
「お兄はん、どうなん? もうかってる?」
優子は兄の康彦の隣に陣取った。康彦は情けない表情をしている。
濃い化粧をして、やけに唇が赤い佐緒里が、笑っている。
「康彦はんな、大負けしとるのよ」
「どうぞ、受け取ってください」半ば安堵、半ば罪悪感、複雑な思いで小百合は櫛をさしだした。厄介払い。心の中で、何度も首を横に振った。違う。富子さんにとっては縁起もんや。彼女は無理に、そう自分に言い聞かせた。
富子は、櫛を受け取った。そして、そのまま鏡の前に立って、髪をすきはじめた。鏡に映る小百合の目を見ながら。
「わあ、この櫛、すごく使い心地がいいわ。本当にいただいてしまっていいのかしら?」
「ええ、お近づきのしるしに差し上げますわ」鏡の中の小百合がにっこりと笑った。富子も鏡の中で笑い返した。
富子はこのとき、小百合の笑顔の奥になにかが隠されていると思った。よほど、櫛を返してしまおうかと思ったが、手が櫛を放そうとしなかった。髪が櫛に削られるのを望んでいて、手を止められなかった。
「富子さん、その櫛とてもお似合いになってますわ」
頭をタオルで包み、両手で髪をふき取りながら、豊かな乳房を揺らす優子が、富子に話しかけた。糸一筋身につけていないしなやかな体がまばゆくて、同じ女でありながら、富子は照れてしまった。
富子は礼をいって、櫛でしきりと髪を削った。櫛を使えば使うほど、体が熱くなるような、不思議な気分になった。そして、突然、どこからか、今日出会ったばかりの豊雄に対して、切ない気持が込み上げてきた。
もうもうと立ちのぼるタバコの煙の中、スロットマシーンの音が鳴り響いていた。スロットマシーンの列を抜けると、ポーカーやバカラをやっている台があった。ルーレットの台に光雄と康彦と佐緒里がチップを積んでいた。
「お兄はん、どうなん? もうかってる?」
優子は兄の康彦の隣に陣取った。康彦は情けない表情をしている。
濃い化粧をして、やけに唇が赤い佐緒里が、笑っている。
「康彦はんな、大負けしとるのよ」