憑依

花
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 康彦は、ぶつぶつ言いながら、義姉を軽くにらみ、チップを、あちらこちらのボードに置いた。優子が興味津々な面持ちでそれを見ていた。
 「お兄はん、どこにどうおけばええん? うちもやってみたい」
 「基本は、赤と黒なのよ」富子が優子の横にきて、説明しだした。「それだと、二回に一回の確率で勝てるの。配当は二倍だから、あまりもうからないけどね」
 優子は富子のしなやかな腕にしがみついた。
 「富子はん、すごい」上目遣いで富子を見る。「ねえ、富子はん、なんて呼んでほしい?」
 富子は、漢字の「富」を英語にして、「リッチ」とか、それから派生して、「リッチくん」、「リっちゃん」などと呼ばれることが多かった。そう言うと、
 「うわあ、じゃあ、リっちゃんって呼んでええ?」と優子は同意を求めた。「でも、英語にしたら、リっちゃんととよはんって、おんなじになるな」
 豊雄と富子の間に、なんとなくぎこちない空気が流れた。富子が旅行に連れてこられたわけがわけだから、やはり互いを意識しているに違いない。富子が破った。
 「あら、豊雄さんは、とても優しい人みたいだから、richというより、an open mindというほうがぴったりね」
 「アノウプンマイ、アノウプンマイ」優子が豊雄の顔を見て、しつこく呼び掛けた。
 「優子ちゃん、意味わかってないでいってるだろ。もっと英語の勉強しなくちゃだめだよ」
 豊雄がいうと、優子は頬を膨らました。
 「ちゃんとやってるもん」富子の方を向き、ルーレットのやり方について説明を続けてくれるようせがんだ。
 富子は今度は、色ではなく数字に賭ける方法を教えた。
 「数字は全部で三十六あるのよ。奇数か偶数に賭けると、配当は二倍。赤か黒に賭けるのと同じよね。それから、一から十八の前半に賭けるか、十九から三十六の後半に賭けるか、というのもあるわ。これも、確率は二分の一だから、今まで説明したのとまったく同じよね。もちろん、配当も二倍。あとは、これと似ているけど、一から十二を上、十三から二十四を中、二十五から三十六を下に分けて、上中下のどれかに賭けるというのもあるわ。これだと配当は高くなって、三倍よ」
 富子は、テーブルと呼ばれる、数字や文字が並んだ緑色の台を、その都度指で示しながら、優子に説明した。豊雄と小百合、賢素も熱心に聞き入っている。テーブルには、数字の書かれたマス目が、左から、1、2、3と、横に並び、その下の段に、同じように、4、5、6、それから、順次、36まで整然と記されている。1から縦に見ると、1、4、7、……34と、数字が十二個並んでいる。十二掛ける三で、三十六。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日