憑依

花
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88

 「ね。だから、縦一列に賭けると、上中下と同じで、三倍の配当になるのよ」
 「ふうん。なんかわかってきた」
 フロア・レディーが近付いてきた。
 「ビール、プリーズ」光雄が片手をあげて声をかけると、フロア・レディーはうなずいた。彼女は、そこにいるひととおりの者に、声をかけて、注文を取った。
 「ねえ、お兄はん、うちもカクテルもろてええ?」優子は兄の康夫に許可を求めようとした。
 「お前は、まだ高校生なんだぞ」
 「まあ、いいじゃないか」と光雄。
 「そうよ。せっかくハワイにきたんそやし、滞在中は、高校生もアルコール解禁ってことにしましょう」
 「さすが、佐緒里お姉さま。話がわかる」
 「でも、あまり飲むんではおまへんぞ」康彦は妹に釘を刺した。
 「はあい」
 優子はマンハッタンを受け取った。富子が頼んだドライ・マティーニを、そっと富子の近くに置いた。
 富子は、優子の方を見て、礼を言うと、偶数の枠に五ドルのチップを静かに置いた。アルコールを見たら、気持ちが開放的になって、少し遊んでみたくなったのだ。きちんとした身なりのディーラーが玉を手際よくはじく。少しずつ玉の回転速度が落ちて、やがて、ぽとりと26の枠に入った。
 「すごい! リっちゃん、勝ったよ!」
 富子が五ドルのチップを置いた場所に、ディーラーが五ドルのチップを置いた。富子は、そこから五枚取り、五枚残した。
 「リっちゃん、また偶数に五ドル賭けるの?」
 富子はまっすぐルーレット台の方を見ながらうなずいた。
 12に止まった。ディーラーが五枚置き、十枚になった。富子は、十枚のチップを全部取り、今度は、奇数に五枚置いた。
 4に止まった。五枚のチップはディーラーに取られた。今度は、偶数に六枚置いた。
 21に止まった。六枚ディーラーに取られた。今度は、奇数に七枚置いた。
 30に止まった。七枚取られた。奇数に八枚置いた。
 7に止まった。ディーラーが八枚置き、十六枚になった。富子は、全部を取って、自分のテーブルの、ドライ・マティーニの横に置いた。百ドルの元手でゲームを始めて、今また百ドルに戻った。
 「リっちゃん、なんで、今みたいな賭け方をしたん?」
 「わたし、臆病であまり損はしたくないから、こういう賭け方をするのよ」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日