憑依

花
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 民放のテレビ局でアナウンサーをしている親友に打ち明けたとき、驚かれた。高校の夏が一度目、ラスベガスの夜が二度目。まだそれだけ? そう言われると、自分が劣っているような気がして、恥ずかしくなった。あとで冷静に考えた。まだ、じゃない。もう二度よ。別に考え方が古いわけじゃない。自分を大事にしたい。

 優子がいよいよルーレット初体験することになった。緊張で硬くなっているのがわかる。赤に賭ける優子を安心させた。一回ごとの勝敗に感情を動かされちゃだめ。あのやり方で、冷静に対処していくの。しばしば、違うやり方や大きな賭け方に、心が誘われていくけど、それをしだすとペースが乱れて、どんどん危険な方向に流されていく。こらえられるかどうか、そこがいちばんのポイントね。たいていの人はできないのよ。カジノで勝つ人は、一%なんだって。方針を持っていても、ほとんどの人が、途中でペースを乱しちゃうのね。
 「やったあ! 五回連続で勝ったよ。チップが三倍ぐらいになっちゃった」
 彼女は、二、三百ドルはあるチップを三山に分け、いとおしそうに触った。
 「賭けるならもっとどーんと賭けなくちゃあかんだよ」康彦は悔しそうに言った。
 優子は二杯めのマンハッタンを飲んだ。
 「お兄はん、リっちゃんのやり方で賭けた方が絶対ええって」
 「そないなやり方じゃ面白くないよ。多少負けたとしても、勝つときは大勝ちするのがカジノの醍醐味さ」
 「だって、お兄はんの負け、多少じゃないんではおまへん?」
 康彦はビールのグラスをあおって、百ドルいっきに赤の9に賭けた。「こらいけるで。見てろよ、優子」
 赤の16に止まった。
 「やったあ! また勝った」
 康彦は力なく肩を落とした。優子が励ますが、遠い目をして呆然と立ち尽くしているだけだった。
 「そやけども、富子はんの賭け方、豊雄のパチンコのやり方によう似とるな」ぼそりと賢素が言った。「無欲に玉を弾くこと。引き際が肝心。仏道修行のように辛抱をしい」
 「なんだい、豊雄はパチンコをやるのか」光雄が興味深げな表情をした。
 豊雄は焦った。「そんなにやりませんよ。たまにだけです」賢素を睨む。「おまえ、よけいなことをしゃべるなよ」
 「まあ、いいじゃないか。おれは豊雄が勉強ばかりしているから心配していたんだ。そういう息の抜き方を知っているということがわかってほっとしたよ」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日