憑依
92
康彦はまた負けを増やし、優子と富子はそれぞれ少しずつ儲けた。二人とも夢中になって、知らず知らずにアルコール量が増えていった。
かすかな香水の匂いを漂わせて、富子がもたれかかった。気づくと、ルーレット台にいるのは、豊雄と富子だけだった。みんなスロットマシーンの方へ行ってしまったみたいだ。
「なんだか部屋の中が暑くて。外へ涼みにいきましょうよ」
夜の浜辺はいかにも涼しげに見える。遠くに灯台や船の光が見えた。満月が皓皓と照っている。いつの間にか豊雄は富子と手をつないでいた。どちらから先にしたのかわからなかった。富子の手は小さくて湿っていた。富子とどうなっても安心だと思った。一緒にさせようとして、叔父夫婦がハワイ旅行に招いたのだ。それに、彼女はとてもよかった。性格も知性も容姿も申し分ない。ただ自分のことが富子に申し訳ないと思った。意志が弱く、傷だらけの過去を背負っている。富子に自分のような重い荷物を背負わせるのはあまりにも酷だと思った。
さらさらの砂浜をビーチサンダルで踏みしめて、ヨット置き場まで歩いた。ヨットの船体に月光がさしていた。微風に甲高い声が運ばれてくる。優子ちゃんの声に似てるな? 豊雄は不思議な気がした。ヨットの脇に二人で腰掛けた。肩に手を回すと富子のさらっとした髪の感触が心地よい。衣服を通してなんとなく湿った肌が感じられた。潮の匂いがする。ちゃぷちゃぷ、波が停泊しているクルーザーを洗う。
甲高い声は、せつないように、寄せて返し、いつまでも続いている。やっぱり優子ちゃんじゃないだろうか?
髪の匂いがする。抱きしめる。抱きしめ返される。富子の切れ長の目がうっとりとどこかを見ている。どこか遠いところを。
潮が満ちてきた。波はすぐ近くまで押し寄せている。寄せては返す波の音。その浜辺のどこかから、優子のソプラノが波のように聞こえてくる。豊雄はその声を聞くうちに、体の奥に熱い火柱が立ち上がるのを、押さえつけておくことができなくなった。富子にキスをする。彼女も熱くなっている。月明かりを受けてきれいだ。胸が波打っている。月明かりのように真っ白な肌。
波のように高まったり引いていったりを繰り返すソプラノの声に、やがてアルトが混じる。二つの美しい高い声を聞きながら、豊雄の目の前は一面血の色に広がったように思えた。潮が満ちてきた。打ち重ねられた豊雄の足と富子の足の爪先を、一定の周期で波が洗っていく。富子が爪先をこわばらせて、のけぞった。豊雄は思いのありたけを吐き出して、ぐったりと富子の胸に顔をうずめた。
かすかな香水の匂いを漂わせて、富子がもたれかかった。気づくと、ルーレット台にいるのは、豊雄と富子だけだった。みんなスロットマシーンの方へ行ってしまったみたいだ。
「なんだか部屋の中が暑くて。外へ涼みにいきましょうよ」
夜の浜辺はいかにも涼しげに見える。遠くに灯台や船の光が見えた。満月が皓皓と照っている。いつの間にか豊雄は富子と手をつないでいた。どちらから先にしたのかわからなかった。富子の手は小さくて湿っていた。富子とどうなっても安心だと思った。一緒にさせようとして、叔父夫婦がハワイ旅行に招いたのだ。それに、彼女はとてもよかった。性格も知性も容姿も申し分ない。ただ自分のことが富子に申し訳ないと思った。意志が弱く、傷だらけの過去を背負っている。富子に自分のような重い荷物を背負わせるのはあまりにも酷だと思った。
さらさらの砂浜をビーチサンダルで踏みしめて、ヨット置き場まで歩いた。ヨットの船体に月光がさしていた。微風に甲高い声が運ばれてくる。優子ちゃんの声に似てるな? 豊雄は不思議な気がした。ヨットの脇に二人で腰掛けた。肩に手を回すと富子のさらっとした髪の感触が心地よい。衣服を通してなんとなく湿った肌が感じられた。潮の匂いがする。ちゃぷちゃぷ、波が停泊しているクルーザーを洗う。
甲高い声は、せつないように、寄せて返し、いつまでも続いている。やっぱり優子ちゃんじゃないだろうか?
髪の匂いがする。抱きしめる。抱きしめ返される。富子の切れ長の目がうっとりとどこかを見ている。どこか遠いところを。
潮が満ちてきた。波はすぐ近くまで押し寄せている。寄せては返す波の音。その浜辺のどこかから、優子のソプラノが波のように聞こえてくる。豊雄はその声を聞くうちに、体の奥に熱い火柱が立ち上がるのを、押さえつけておくことができなくなった。富子にキスをする。彼女も熱くなっている。月明かりを受けてきれいだ。胸が波打っている。月明かりのように真っ白な肌。
波のように高まったり引いていったりを繰り返すソプラノの声に、やがてアルトが混じる。二つの美しい高い声を聞きながら、豊雄の目の前は一面血の色に広がったように思えた。潮が満ちてきた。打ち重ねられた豊雄の足と富子の足の爪先を、一定の周期で波が洗っていく。富子が爪先をこわばらせて、のけぞった。豊雄は思いのありたけを吐き出して、ぐったりと富子の胸に顔をうずめた。