憑依

花
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93

 白くて太い柱と柱の間のテーブルに、佐緒里と小百合が座っていた。豊雄は小百合の顔を見られなかった。小百合は行儀よくサラダを食べていた。豊雄に気づいてにこっと笑った。朝の陽射しよりまぶしい。
 「豊雄さん、こっちよ。ビュッフェだから、好きなものなんでも自分で取ってきて」
 「おはようございます。じゃあ、取りにいってきます」
 トレー置き場に行くと、賢素がいた。見るからに幸せそうな顔をしている。やっぱりな。豊雄はそう思った。
 「おまえ、なににやにやしてるんだよ。なんかいいことでもあったか」
 「まあな」賢素は自分の世界に入って、気味悪いほどにやけていた。
 「当ててやろうか。昨日の夜、海辺にいって、恋が実ったんだろ」
 賢素は心の底から驚いたという顔をした。
 「なんでおまえ知っとるんだよ?」噛みつくように詰問する。
 豊雄ははぐらかす。
 「えっ? 本当にそうだったの? 当てずっぽうで言っただけなのに……。おまえ、まさかまだ高校生の優子ちゃんに変なことしてないだろうな?」
 今度は賢素があせる番だ。
 「いや、ま、まさか。お、おまえの話に合わせただけだよ。たしかに、カジノで遊び飽きて、ちょっと、優子ちゃんと海岸を散歩したけど、ほんまに、それだけだよ」
 語るに落ちるとはこのことだ、と豊雄は思った。もう少しからかうことにした。
 「おまえ、ほんまに散歩しただけだろうな。なんか怪しいぞ」
 「ほんまや、ほんま、優子ちゃんがちょっと夜風に当たりたいって言うから、ほんの十分ばかり、海岸を歩いてただけや」
 これで、自分と富子のことは少なくとも賢素には気づかれていないということがわかり、ほっとした。しかし、あのソプラノはやっぱり優子ちゃんだったのか。そう思い、かなり複雑な心境になった。まだ高校生なのに。家族旅行でだぞ。賢素とかい? この大仏みたいな男がどんなふうに優子ちゃんと……?
 「豊雄さん」
 富子の声がした。振り向いた。富子はシャム猫を抱き上げ、頬ずりしながら、豊雄に笑顔を見せた。豊雄の表情が凍った。
 〈真名美〉
 東京の華族の邸宅でこれとまったく同じ光景を見た。デジャヴ。
 豊雄の表情に驚いて、富子が心配そうにした。
 「豊雄さん、どうしたの?」
 豊雄は我に返った。もう真名美の顔には見えない。豊雄は富子を安心させるように言った。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日