憑依

花
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 富子と結ばれた次の朝、優子は顔を見せず、その代わりのようにシャム猫が現れた。……これは、いったいどういうことなのだろうか? 偶然? それとも……?
 レタスをかじっても、オニオンスープを口に含んでも、味がなかった。機械的に手と口を動かしているだけで、神経が舌にまで回らなかったのだ。
 その間、時折、富子や優子の顔に手がかりを得られないかと思い、ちらちら様子をうかがった。おかしなところはなにもない。考えすぎだろう。豊雄はそう思うようにした。西山和尚にお祓いをしてもらってあるんだし、シャム猫なんてどこにだっているんだからな。こんなことばかり気にしていたら身が持たないよ。豊雄はあまり心配しすぎないようにしようと心に決めた。

 ハワイから帰り、叔父の家で、富子と暮らすことになった。光雄と佐緒里が、二人の仲がよいことを見て、そう提案したのだ。豊雄は就職して、正式に結婚してからでないとまずいと、はじめのうちは断ったが、富子が意外にその話に熱心だったし、彼女の実家もあえて反対しなかったので、その気になった。おかしなことに、優子まで光雄の家で住みたいと言い出した。これに反対するものもだれもいなかった。優子は平井家の誰からも好かれているからだった。旅行中、富子と優子の様子を変に思った豊雄も、もう疑いの気持ちは薄らいでいた。優子はそれまでしょっちゅう、豊雄の部屋に数学を教わりにやってきていて、妹のような感覚を持っていたから、逆にうれしいと思うだけだった。活気のある平井家は、ますますにぎやかになった。優子は富子の部屋の奥にある空き部屋に住むことになった。いつも富子の部屋に入り浸り、楽しそうに話をしている。賢素が遊びにくると、豊雄の部屋に顔をだし、賢素に数学を教えてもらう。そのうちに賢素が優子の部屋に行き、二人で長い間話しこむこともあった。

 富子は、理性的に生きているつもりだったが、最近だんだんおかしくなっていくように思えて、それが怖かった。縁談を持ちかけられたとき、それほど乗り気ではなかった。和歌山県議の息子で、名門国立大学の数学科に在籍している、容姿端麗の優しい男性と聞いて、心が動かされないわけはなかったが、彼女は習慣や形式を尊重しているから、正式な見合いもしていないのに、家族旅行のような、社内旅行のようなものについていくのは、不謹慎だと思った。両親もお見合いのあとがいいのではないかという意見だった。しかし、写真を見て、自分の中のなにかが動かされてしまったのだ。話を持ちかけてきた光雄と佐緒里に即座に返事をして、両親をあきれさせた。いや、このとき、自分もあきれていたのだ。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日