憑依

花
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 「わたし、自分がどうなるかわかるときがあるの」
 「どういうこと? それって、予知能力があるってこと?」
 「言葉でいえばそういうことになるのかもしれない」
 「すごいな。たとえばどんなことを予知したことがあるの?」
 「予知っていうのかしらね? それとはちょっと違って、わたしの場合、夢で見るのよ。まあ、どっちでもいいか。そうね。あるとき急に、ある人の顔を、夢で見るの。朝起きるとものすごく暗い気分になる。そして、数日後にその人が、交通事故で亡くなったっていう知らせを受ける。それは、わたしが夢を見た当日のことだった」富子は言葉をきった。
 「予知夢ってやつか。他には?」
 「そうね。誰かの顔を見るわけじゃないけど、朝起きると、ものすごく嫌な気持ちになることがあるの。きっとなにかが起こるのだと思って、不安に毎日を送ると、やっぱりそのうちに、そう遠くない人間関係の中で、誰かが死んだりするのよ」
 「そういうことって、結構頻繁にあるの?」
 「頻繁じゃないけど、確実にあるわ」
 豊雄は指でイヤリングをもてあそんだ。
 「なんで嫌な気分になるんだろうね?」
 「たぶん、避けているのだと思うわ」
 「避けている?」
 「ええ」富子は豊雄の隣に腰掛けた。ふわった上品な香りが漂った。「本来はわたしに降りかかるはずだった災いを避けているのよ。わたしのところに飛んできた矢をよけたら、わたしの後ろにいる人に当たるでしょ」
 豊雄の全身に鳥肌が立った。
 「じゃあ、いつかおれに当たる」
 「当たらないわ」
 「どうして」
 「それはあとで話す。ところで、あなた、動物には予知能力があるって、知ってた?」
 「いや」
 「鼠が、火事になる家とか沈没する船とかから事前に逃げだすって話、きいたことない?」
 「あ、それならきいたことあるよ」豊雄は隣に座る富子の目を見た。富子がいつもとまったく変わっていなく、瞳の光が明るく輝いていたので、ほっとした。
 「予知能力って特別なものじゃないの。人間にも本当はそういう能力があるの。でも、文明の発達に伴ってほとんどの人は退化してしまった。ただ、一、二割の人にはその能力が退化せず残っている。不思議でもなんでもないの。現に動物にはその能力があるのだから。要するに動物的な勘ってやつね」
 「動物的な勘って、よく言われる言葉だけど、本当にあるんだなあ!」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日