憑依
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「ええ。ほら、墜落事故を起こした飛行機に乗るはずだったけど、急におなかが痛くなってキャンセルしたから、命拾いしたっていう人がいるでしょ。あれって、偶然じゃないの。鼠が危険を察知するのと同じ能力が残っている人なのよ。わたしもそう。そういうとき、きまって嫌な夢を見るの。起きたとき、自分が助かったことを知るの。なにが起こったかを知るのはいつも、少しあとになってからよ。友達のお姉さんが交通事故で死んだこともあった。同僚の弟さんが自殺したこともあった。嫌な夢の正体はこれだったのかって、いつもわかるの。これはね、私の身に災いが起こるはずだったのを、回避したということなの。自分の運命を変えて、近くの他人に災いを飛ばすから、夢の中でものすごく嫌な感じになるのね。だけど、あなたと知り合ってから、この能力に自信がなくなったわ。わたしはもう、危険を回避することができないかもしれない。あなたはそれほど大きな磁場を持っているのよ。あなた、今まで身近に大きな災難を見かけたことはない?」
彼は、カエデの木々の間に見える、細い山道をぼんやり眺めながら考えた。考えるまでもなく、まっかにもえるカエデ色の、凄惨な場面が思い浮かんできた。
「兄貴の嫁さんが、町内の若い漁師に刺し殺された。おれは、ほんのあと五分ほどでその場に到着するところだったんだ。もし、その場に居合わせていれば、おれも今ごろは死んでいたかもしれない」
「菜摘さんのことね」富子は、イヤリングをもてあそんでいる豊雄の手を両手で握った。「ねえ、菜摘さんのことと真名美さんのことを、全部わたしに話して」
富子は怖いくらい真剣な目をしていた。豊雄は富子の真意は汲み取れなかったが、急に重大な局面に立たされたという意識を持った。
「つれあいの過去を知りたいという気持ちはよくわかるけど、あえて聞かなくてもいいことじゃないか?」
「違うの。前の奥さんをやっかんでるとかそういうことじゃないのよ。あなたを襲おうとした災難がどういうものだったのかを知っておかなければならないの」
豊雄は下を向いて黙りこくった。
富子は、現在置かれている、自分や、豊雄や、その他たくさんの人たちの状況を、どう説明すればいいのだろうと、悩んだ。とにかく、急がなければならない。そうだ、豊雄さんは、わたしのした、夢の話に興味を持ったから、とにかくそれを話してみよう。
富子は顔を上げた。
「私、あなたに会った日、飛行機の中で、すごく幸せな夢を見たのよ」
彼は、カエデの木々の間に見える、細い山道をぼんやり眺めながら考えた。考えるまでもなく、まっかにもえるカエデ色の、凄惨な場面が思い浮かんできた。
「兄貴の嫁さんが、町内の若い漁師に刺し殺された。おれは、ほんのあと五分ほどでその場に到着するところだったんだ。もし、その場に居合わせていれば、おれも今ごろは死んでいたかもしれない」
「菜摘さんのことね」富子は、イヤリングをもてあそんでいる豊雄の手を両手で握った。「ねえ、菜摘さんのことと真名美さんのことを、全部わたしに話して」
富子は怖いくらい真剣な目をしていた。豊雄は富子の真意は汲み取れなかったが、急に重大な局面に立たされたという意識を持った。
「つれあいの過去を知りたいという気持ちはよくわかるけど、あえて聞かなくてもいいことじゃないか?」
「違うの。前の奥さんをやっかんでるとかそういうことじゃないのよ。あなたを襲おうとした災難がどういうものだったのかを知っておかなければならないの」
豊雄は下を向いて黙りこくった。
富子は、現在置かれている、自分や、豊雄や、その他たくさんの人たちの状況を、どう説明すればいいのだろうと、悩んだ。とにかく、急がなければならない。そうだ、豊雄さんは、わたしのした、夢の話に興味を持ったから、とにかくそれを話してみよう。
富子は顔を上げた。
「私、あなたに会った日、飛行機の中で、すごく幸せな夢を見たのよ」