憑依

102
中学生のとき、ヨット・セーリングをしていて、大波に呑まれ、遥か沖に流されたことがある。友人と二人で、手をつないで、体力を消耗しないように、これ以上できないぐらいゆっくり、かすかに見える港を目印に泳いでいた。豊雄はついに力尽きて、友人の手を離した。友人はまだそのとき、かなり元気そうに見えた。豊雄が力なく、海の底に沈んでいくと、ちょうどそこへ、一人の海女さんが通りかかった。まるでおとぎ話のようにできすぎていると思い、気が動転していながらも、豊雄はおかしくてならなかった。海女さんの目が、驚きのため、漫画のようにまん丸だったから、よけいにおかしかった。海女さんは持っていたアワビを捨てて、豊雄を抱えると、波の上に引きあげた。ほんのすぐ近くに、海女さんたちの舟があった。舟の上でにぎわう漁師たちの日常性は、さっきまで自分たちが置かれていた、絶望的な孤独とは無縁の世界だった。美男子のせいか、比較的若い海女さんたちが、なんやかやと世話を焼いてくれた。熱い茶の入った湯呑を渡そうとした、柔和な目の海女さんに、豊雄はもつれた舌で、友人のことを告げた。とにかく早く、早く、とまくしたてた。柔和な目の人を残して、皆、血相を変えて、海に飛び込んだ。おっとりした海女さんが豊雄をなだめると、やっと一口、ぬるくなった茶と、しけかけているせんべいを口に入れることができた。柔和な目の女性は、不思議なことを言った。
「あなたは、強いものに守られているわ。よほど無茶なことをしない限り、どんなことがあっても、寿命以外では死なないわ」
このときのことを、あとになって思い返してみると、その女性は、珍しい目をしていたと思う。柔和だが、犯すべからざる雰囲気があった。
「強いものって?」
それに対する海女さんの答えは、はたして本当にそう言ったのか、今となってははっきりしないのだが、
「すみよし」
と聞こえたような気がするのだ。
彼は、友人は助かるのかどうかきいた。女は、柔和だが、能面のような、人間の匂いを感じさせない表情で、ただ彼を見守っていた。そのうちに、彼は寝てしまった。やけに周りが騒がしくて、体を起こすと、男たちと海女たちが、筵で何かを包んでいた。誰かが豊雄に、悲しい知らせを、言葉を選んで伝えた。豊雄は、さっきまで、まだ十分体力が残っていそうだった友人のことを思い、彼らの言葉をどうしても信じることができなかった。
「あなたは、強いものに守られているわ。よほど無茶なことをしない限り、どんなことがあっても、寿命以外では死なないわ」
このときのことを、あとになって思い返してみると、その女性は、珍しい目をしていたと思う。柔和だが、犯すべからざる雰囲気があった。
「強いものって?」
それに対する海女さんの答えは、はたして本当にそう言ったのか、今となってははっきりしないのだが、
「すみよし」
と聞こえたような気がするのだ。
彼は、友人は助かるのかどうかきいた。女は、柔和だが、能面のような、人間の匂いを感じさせない表情で、ただ彼を見守っていた。そのうちに、彼は寝てしまった。やけに周りが騒がしくて、体を起こすと、男たちと海女たちが、筵で何かを包んでいた。誰かが豊雄に、悲しい知らせを、言葉を選んで伝えた。豊雄は、さっきまで、まだ十分体力が残っていそうだった友人のことを思い、彼らの言葉をどうしても信じることができなかった。