憑依

106
「ただいま」
優子が玄関をくぐった。家人が気づくほどでもないが、なんとなく凄味のある顔つきになっていた。彼女は、家の中をあちこち探し回った。誰かが見ていたら、鬼気迫るものを感じずにはいられなかっただろう。あちらの障子を開けて、仁王立ちする。こちらの襖を開けて、目をいからせる。
「あの女、いったいどこへ隠したんだ?」
天井を見上げ、鴨居に目を移す。しばらくして、神棚に富子のバッグがあげられているのに気づく。優子はピンときた。荒々しい動作でバッグを下ろすと、中身を文机の上にぶちまけた。ハンカチや化粧品の容器などの中に、黄楊の櫛が半分ほどその姿を露出させていた。
「ちくしょう、あの女、いったいなにを考えてるんだ?」
優子は櫛をつかんで、無造作に制服のスカートのポケットに入れると、バッグの中にあったものを中途半端に戻し、畳の上にさかさまに置いた。それは、なにかのはずみで棚から落ちて、口の閉じないバッグの中身が半分ほどこぼれてしまったように見えた。
彼女は、見ようによっては魅力的だが、ストレートに表現すれば意地悪そうな顔をして笑うと、部屋から出ていった。
高速のインターに近づいたら、それまで無言だった富子が、急に帰りたいといいだした。
「だって、あんなに住吉大社につれていってほしいって言ってたのに、いまさらなんだよ」と豊雄がいうと、
「ごめんなさい。とっても具合が悪くて。明日また休み取るから、出直して来よう」と、青ざめた顔で富子は謝った。
豊雄は、不思議な能力を持つ富子のことだから、具合が悪くなったのには、なにかわけがあるに違いないと思った。ここは無理を押してつまらない結果になっては、元も子もないと思い直して、平井家に戻ることにした。
豊雄は、すっかり元気のなくなった富子を気にしながら、国道を飛ばした。
富子は、心の中で叫んでいた。だめ! あなた、家に帰っちゃだめ! 住吉大社にいって! お願い。
しかし、その声は届かなかった。
優子が玄関をくぐった。家人が気づくほどでもないが、なんとなく凄味のある顔つきになっていた。彼女は、家の中をあちこち探し回った。誰かが見ていたら、鬼気迫るものを感じずにはいられなかっただろう。あちらの障子を開けて、仁王立ちする。こちらの襖を開けて、目をいからせる。
「あの女、いったいどこへ隠したんだ?」
天井を見上げ、鴨居に目を移す。しばらくして、神棚に富子のバッグがあげられているのに気づく。優子はピンときた。荒々しい動作でバッグを下ろすと、中身を文机の上にぶちまけた。ハンカチや化粧品の容器などの中に、黄楊の櫛が半分ほどその姿を露出させていた。
「ちくしょう、あの女、いったいなにを考えてるんだ?」
優子は櫛をつかんで、無造作に制服のスカートのポケットに入れると、バッグの中にあったものを中途半端に戻し、畳の上にさかさまに置いた。それは、なにかのはずみで棚から落ちて、口の閉じないバッグの中身が半分ほどこぼれてしまったように見えた。
彼女は、見ようによっては魅力的だが、ストレートに表現すれば意地悪そうな顔をして笑うと、部屋から出ていった。
高速のインターに近づいたら、それまで無言だった富子が、急に帰りたいといいだした。
「だって、あんなに住吉大社につれていってほしいって言ってたのに、いまさらなんだよ」と豊雄がいうと、
「ごめんなさい。とっても具合が悪くて。明日また休み取るから、出直して来よう」と、青ざめた顔で富子は謝った。
豊雄は、不思議な能力を持つ富子のことだから、具合が悪くなったのには、なにかわけがあるに違いないと思った。ここは無理を押してつまらない結果になっては、元も子もないと思い直して、平井家に戻ることにした。
豊雄は、すっかり元気のなくなった富子を気にしながら、国道を飛ばした。
富子は、心の中で叫んでいた。だめ! あなた、家に帰っちゃだめ! 住吉大社にいって! お願い。
しかし、その声は届かなかった。