憑依

107
平井家の玄関に入ると、優子が出迎えた。
「とよはん、りっちゃん、ずるいー。うちを置いてふたりだけでデートなん?」
優子は甘えたような声をだした。豊雄はそんな優子をかわいいと思う。富子はごめんね、と声をかけ、廊下を歩いていく。豊雄と優子ちゃんが話しこんでいるので、神棚を見にいった。バッグがむざんに落ちて中身をさらけだしていた。櫛を探した。燃やしてしまおうと思ったのだ。しかし、いくら探しても櫛は見つからなかった。
「りっちゃん、もしかして、この櫛を探してるの?」
後ろを振り返り、櫛を取ろうと思った。
「はいどうぞ」
優子ちゃんから櫛を受け取った。車の中でもそうだったが、すでに自分の意識が表面からかなり遠ざかってしまっていた。少し残っていた自分の意識で必死に行動しようとしているが、それも難しそうだ。バッグがなぜ落ちていたのか、なぜ櫛を優子ちゃんが持っていたのか。そんなことを問い詰めることすらわたしにはできそうもなかった。
「菜摘、うちと離れてはあかんよ」
優子の声は低くしわがれた老婆のものになっていた。
「ごめんなさい、おばあさま。この女、かなりしぶといんです」
自分の意志とは関係なく、勝手にわたしの口は、優子ちゃんに取りついた老婆と話をしていた。
「あれ? ふたりはこんなところにいたのかい? いったい何の話をしてるんだ?」
豊雄さんが入ってきた。お願い、早く気付いて。必死に祈りながら、わたしはポケットから櫛を出そうとしたけど、手がどうしても動いてくれない。
「あら、あなた、優子ちゃんがゲームを買ってきたんだって。優子ちゃんの部屋にいって、いっしょにやりましょう」
「それはいいね。じゃあ、お菓子でも持って、二階にいこう」
だめだ。彼はまったく怪しんでいない。神棚の下にバッグが落ちていることぐらい気にしてくれてもいいのに。
豊雄は、このとき少しおかしいとは思った。何をふたりでこんな低い声で相談しているのだろう? 優子ちゃんなどは、普段聞き慣れない、しゃがれた声をだしていた。しかし、普段かわいらしい声で話す女性も、女同士で相談するときなどは、男には聞かせない低い声を出すことがあると思い直し、すぐに不信感を払拭してしまったのだった。
「とよはん、りっちゃん、ずるいー。うちを置いてふたりだけでデートなん?」
優子は甘えたような声をだした。豊雄はそんな優子をかわいいと思う。富子はごめんね、と声をかけ、廊下を歩いていく。豊雄と優子ちゃんが話しこんでいるので、神棚を見にいった。バッグがむざんに落ちて中身をさらけだしていた。櫛を探した。燃やしてしまおうと思ったのだ。しかし、いくら探しても櫛は見つからなかった。
「りっちゃん、もしかして、この櫛を探してるの?」
後ろを振り返り、櫛を取ろうと思った。
「はいどうぞ」
優子ちゃんから櫛を受け取った。車の中でもそうだったが、すでに自分の意識が表面からかなり遠ざかってしまっていた。少し残っていた自分の意識で必死に行動しようとしているが、それも難しそうだ。バッグがなぜ落ちていたのか、なぜ櫛を優子ちゃんが持っていたのか。そんなことを問い詰めることすらわたしにはできそうもなかった。
「菜摘、うちと離れてはあかんよ」
優子の声は低くしわがれた老婆のものになっていた。
「ごめんなさい、おばあさま。この女、かなりしぶといんです」
自分の意志とは関係なく、勝手にわたしの口は、優子ちゃんに取りついた老婆と話をしていた。
「あれ? ふたりはこんなところにいたのかい? いったい何の話をしてるんだ?」
豊雄さんが入ってきた。お願い、早く気付いて。必死に祈りながら、わたしはポケットから櫛を出そうとしたけど、手がどうしても動いてくれない。
「あら、あなた、優子ちゃんがゲームを買ってきたんだって。優子ちゃんの部屋にいって、いっしょにやりましょう」
「それはいいね。じゃあ、お菓子でも持って、二階にいこう」
だめだ。彼はまったく怪しんでいない。神棚の下にバッグが落ちていることぐらい気にしてくれてもいいのに。
豊雄は、このとき少しおかしいとは思った。何をふたりでこんな低い声で相談しているのだろう? 優子ちゃんなどは、普段聞き慣れない、しゃがれた声をだしていた。しかし、普段かわいらしい声で話す女性も、女同士で相談するときなどは、男には聞かせない低い声を出すことがあると思い直し、すぐに不信感を払拭してしまったのだった。