憑依

花
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108

 優子の部屋に三人は腰を落ち着けた。もう夕食の時間だからと優子がいって、お菓子だけではなく、つまみや軽いご飯、アルコールまで運んできた。優子はトランプを持ってきた。三人でページワンを始めた。豊雄は途中までビールを飲んでいた。富子はビールを少しだけ飲んだが、そのあとは、梅酒やオレンジジュースを飲んだ。優子はハワイ以来アルコールを少し飲むようになり、誰にもとがめられなかった。はじめは富子に合わせて、梅酒を飲んでいたが、豊雄が熱燗を飲みはじめると、お猪口を持って、おねだりした。
 そのうちに優子はすっかり酔いが回り、畳の上にうつ伏せになって、寝込んでしまった。
 富子は、豊雄に酒をつぎ、しなだれかかった。台の上に肘を立てる。肘からまっすぐ立てた二本の細い腕、両手の平にほっぺたを乗せて、形のいい目で豊雄を見つめていた。髪や背中、その他の部分の形や、微妙な動きの美しさやなめらかさに、いまさらながら目を奪われる。この姿勢、この目つき、どこかで見たような気がする。少し考えこんで、豊雄は思い出した。そうだ、数学を教えたときの菜摘の姿に似ている。似ているどころじゃない。そっくりだ。特に、目や鼻や前髪が額にかかる感じが、あのときとまったく同じだ。
 「何をそんなに見つめてるの?」
 豊雄は目をこすってもう一度富子を見た。やっぱり富子だった。酔いのため上気して、とても色っぽい。優子ちゃんは気づかないだろう。富子に顔を近づけた。こんなに美しい人、いつまでもおれのものだぞ。ふと豊雄はつまらないことを考えた。富子はおれといっしょになるまえに、男と付き合ったことがあるのだろうか? もちろんあるだろうな。なんだか、そんなことを思ったら、無性に悔しくなってきた。
 「富子は、おれの前に、好きになった男がいるんだろう?」
 自分のことを棚に上げて、聞かなければいいことを聞いてしまった。富子は嫌な顔をしなかった。なんだよ。強く否定すればいいじゃないか。
 「政治家との付き合いも多いから、結構誘われたりするんだろう?」
 富子はふふふ、と笑っているだけだ。余計悔しくなってきた。むきになって迫ると、
 「あなたは、そんなに富子のことが好きなの」と、ちょっと凄味のある顔でいうので、少しひるんだ。おれがふわふわした気持ちではないのかどうか、一度はっきりと確かめようと思っていたのだろう。
 「もちろんだよ。おれは誰よりも富子が好きだ」
 「本気なのね。今まで愛した人よりも好き?」
 豊雄は、昼間に富子が自分にいいたかったことは、やっぱりこういうことなんじゃないのかと思った。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日