憑依

109
「もちろんだ。富子のことは、今まであった誰よりも好きだ」
富子の心を支配している菜摘は悔しくなった。
「あなたのことを愛して、信じて、そして死んでいった菜摘よりも好きだというの?」
富子は恐い顔をしていた。豊雄は、これはちょっと軽はずみなことは言えないと思った。正座して、膝に手のひらを置いた。
「富子、信じてくれ。おれは本当にお前のことが一番好きだ」
「菜摘より好きだって言ってよ」
「菜摘より好きだ」
富子の中の菜摘は、悔しくて、これ以上こらえられなかった。
「だめ! まだ早いわ。もう少ししたら、完全にこっち側に引き寄せられるんだから」
優子が飛び起きて、富子にしがみついた。富子はかぶりをふった。
「おばあさま、ごめんなさい。わたしもうがまんできない」
富子の目から、一筋涙が頬を伝った。そして、豊雄の顔を見据えた。その目はもはや富子のものではなかった。豊雄はその目をはっきり覚えていた。若い漁師に刺されて死んだ菜摘の目だった。
「菜摘!」
豊雄は身を引いて、あとずさった。
菜摘は、ブラウスを脱いだ。スリップのボタンをひとつ取った。
「菜摘、ちょっと待てよ。優子ちゃんだって近くにいるんだぜ」
優子も豊雄に近づいてきて、身をくねらせながら、脱ぎはじめた。制服のブラウスを脱いだ。スリップの肩紐をずらした。
「優子ちゃん、なにやってるんだよ」
「うちがとよはんのこと好きなの知ってるくせに」
優子ちゃんは顔を近づけてきた。いや、優子ちゃんの顔ではない。菜摘に似ている。いや、菜摘とも少し違う。だれだろう。上品でかわいらしくあでやかだ。
豊雄の中にいまだかつてない異様な感情が湧きおこった。一方では、二人の魅力に正直に反応し、欲望を急速に高めた自分がいる。もう一方では、死の淵をありありと感じる恐怖感に全身を包まれ、総毛立った自分がいる。そんな豊雄にはお構いなしに、二人は脱衣を強行する。彼の思考は麻痺し、欲望の赴くままにどこまでもつきすすんでいこうとする自分が、恐怖におののく自分に勝った。しかし、優子ちゃんに手を触れることはどんなことがあっても決して許されることではない。賢素に知れたらいったいどう弁解すればいいのだ。そう思った。そのとき、怒濤のような背徳の感情が、理性の堤防を一気に乗り越えていった。
富子の心を支配している菜摘は悔しくなった。
「あなたのことを愛して、信じて、そして死んでいった菜摘よりも好きだというの?」
富子は恐い顔をしていた。豊雄は、これはちょっと軽はずみなことは言えないと思った。正座して、膝に手のひらを置いた。
「富子、信じてくれ。おれは本当にお前のことが一番好きだ」
「菜摘より好きだって言ってよ」
「菜摘より好きだ」
富子の中の菜摘は、悔しくて、これ以上こらえられなかった。
「だめ! まだ早いわ。もう少ししたら、完全にこっち側に引き寄せられるんだから」
優子が飛び起きて、富子にしがみついた。富子はかぶりをふった。
「おばあさま、ごめんなさい。わたしもうがまんできない」
富子の目から、一筋涙が頬を伝った。そして、豊雄の顔を見据えた。その目はもはや富子のものではなかった。豊雄はその目をはっきり覚えていた。若い漁師に刺されて死んだ菜摘の目だった。
「菜摘!」
豊雄は身を引いて、あとずさった。
菜摘は、ブラウスを脱いだ。スリップのボタンをひとつ取った。
「菜摘、ちょっと待てよ。優子ちゃんだって近くにいるんだぜ」
優子も豊雄に近づいてきて、身をくねらせながら、脱ぎはじめた。制服のブラウスを脱いだ。スリップの肩紐をずらした。
「優子ちゃん、なにやってるんだよ」
「うちがとよはんのこと好きなの知ってるくせに」
優子ちゃんは顔を近づけてきた。いや、優子ちゃんの顔ではない。菜摘に似ている。いや、菜摘とも少し違う。だれだろう。上品でかわいらしくあでやかだ。
豊雄の中にいまだかつてない異様な感情が湧きおこった。一方では、二人の魅力に正直に反応し、欲望を急速に高めた自分がいる。もう一方では、死の淵をありありと感じる恐怖感に全身を包まれ、総毛立った自分がいる。そんな豊雄にはお構いなしに、二人は脱衣を強行する。彼の思考は麻痺し、欲望の赴くままにどこまでもつきすすんでいこうとする自分が、恐怖におののく自分に勝った。しかし、優子ちゃんに手を触れることはどんなことがあっても決して許されることではない。賢素に知れたらいったいどう弁解すればいいのだ。そう思った。そのとき、怒濤のような背徳の感情が、理性の堤防を一気に乗り越えていった。