憑依

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もう一匹が不審に思って近づき、横からのぞきこんできた。大猫の富子は、口を大きく開けて、豊雄をくわえた。ライオンより大きい手で器用に襖をひらき、豊雄を廊下に放り投げた。勘づいたもう一匹が体当たりを食らわしたときには、豊雄は階段を駆けおりていた。
豊雄は、西山和尚から授けられた魔除けの札を取ってきて、優子の部屋の襖に貼った。中からは、暴れまわる音や叫び声が響き渡っていたが、襖は微動だにしなかった。
騒ぎを聞きつけた光雄や佐緒里、康彦、小百合が駆けつけた。豊雄からこれまでの経緯を聞くと、康彦は妹の身を案じて、錯乱した。櫛のことを聞いて、小百合は寝こんでしまった。光雄は西山和尚をすぐに呼ぶように、豊雄に命じた。西山和尚は山籠もりしていると答えると、光雄は頭を抱えた。佐緒里は、天台宗座主の倅さんなら、なんとかしてくれるのではないかと言いだした。賢素を呼べということだ。たしかに今の時点ではこれ以上の手段はないと思い、豊雄は電話まで走った。賢素はすぐ来るといって電話を切った。光雄が豊雄の手から電話を奪い、警察に通報しようとした。
「叔父さん、警察が来たら、富子と優子ちゃんは撃ち殺されるよ」
光雄は困り果てた顔を向けた。
「ほかにどうすればいいというんだ。おれだって、撃ち殺されることになるのはいやだけど、あの化け物を退治しなければ、もっとたくさんの人が死ぬんだぜ」
もっとなことであり、豊雄もこれ以上反論できなかった。
「きっと横山君が、うまくやってくれるさ。彼だって、優子ちゃんを失いたくないはずだからな。彼の力でもどうにもならなそうなら、警察を呼ぶ。それでいいかい?」
「はい」
光雄は、豊雄の肩をやさしく叩いた。
タイヤの悲鳴が聞こえたと思ったら、間(ま)をおかずに、車のドアを激しく閉める音がした。
「ガラガラガラ」
一気に玄関をひらき、袈裟(けさ)に身を包んだ賢素が、数珠と錫丈(しゃくじょう)を手にして、仁王立ちになった。弁慶のように頼もしかった。
賢素は、自信に満ちた表情で「お任せあれ」と言い、胸を張って二階まで駆けあがった。優子の部屋の前に立ちどまると、大音声(だいおんじょう)で口上を述べた。
「おのれら、邪悪なけだものよ。分不相応にこの世に長くとどまったため、異形の怪物に成り果てたに相違ない。拙僧が成仏させてやる故、謹んで経文を受けるがよい」
賢素は、襖をひらき、部屋の中に向かって、野太い声で読経をはじめた。部屋の奥の暗がりから、鋭い目が賢素を射通した。目から発する光は、太陽よりもまぶしく、とても目をあけていられるものではなかった。みなが廊下に伏せても、賢素だけは、微動だにせず、直立不動の姿勢を保っていた。
豊雄は、西山和尚から授けられた魔除けの札を取ってきて、優子の部屋の襖に貼った。中からは、暴れまわる音や叫び声が響き渡っていたが、襖は微動だにしなかった。
騒ぎを聞きつけた光雄や佐緒里、康彦、小百合が駆けつけた。豊雄からこれまでの経緯を聞くと、康彦は妹の身を案じて、錯乱した。櫛のことを聞いて、小百合は寝こんでしまった。光雄は西山和尚をすぐに呼ぶように、豊雄に命じた。西山和尚は山籠もりしていると答えると、光雄は頭を抱えた。佐緒里は、天台宗座主の倅さんなら、なんとかしてくれるのではないかと言いだした。賢素を呼べということだ。たしかに今の時点ではこれ以上の手段はないと思い、豊雄は電話まで走った。賢素はすぐ来るといって電話を切った。光雄が豊雄の手から電話を奪い、警察に通報しようとした。
「叔父さん、警察が来たら、富子と優子ちゃんは撃ち殺されるよ」
光雄は困り果てた顔を向けた。
「ほかにどうすればいいというんだ。おれだって、撃ち殺されることになるのはいやだけど、あの化け物を退治しなければ、もっとたくさんの人が死ぬんだぜ」
もっとなことであり、豊雄もこれ以上反論できなかった。
「きっと横山君が、うまくやってくれるさ。彼だって、優子ちゃんを失いたくないはずだからな。彼の力でもどうにもならなそうなら、警察を呼ぶ。それでいいかい?」
「はい」
光雄は、豊雄の肩をやさしく叩いた。
タイヤの悲鳴が聞こえたと思ったら、間(ま)をおかずに、車のドアを激しく閉める音がした。
「ガラガラガラ」
一気に玄関をひらき、袈裟(けさ)に身を包んだ賢素が、数珠と錫丈(しゃくじょう)を手にして、仁王立ちになった。弁慶のように頼もしかった。
賢素は、自信に満ちた表情で「お任せあれ」と言い、胸を張って二階まで駆けあがった。優子の部屋の前に立ちどまると、大音声(だいおんじょう)で口上を述べた。
「おのれら、邪悪なけだものよ。分不相応にこの世に長くとどまったため、異形の怪物に成り果てたに相違ない。拙僧が成仏させてやる故、謹んで経文を受けるがよい」
賢素は、襖をひらき、部屋の中に向かって、野太い声で読経をはじめた。部屋の奥の暗がりから、鋭い目が賢素を射通した。目から発する光は、太陽よりもまぶしく、とても目をあけていられるものではなかった。みなが廊下に伏せても、賢素だけは、微動だにせず、直立不動の姿勢を保っていた。