憑依

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警視庁の田村遼二警部補は、ヘリコプターで同僚と現場に急行した。狙撃班も別のヘリで同行している。
「そうですか。じゃあ、そちらに行かなくても構わないのですね?」
「ちょっと、待っててもらいますか。なんか様子がおかしいんですわ」京都府警の内山孝三警部がいった。
プツリと無線が途絶えた。
田村は口を曲げて部下の顔を見た。
「警部補、旋回しますか?」
無線がまた入ったので、田村は横顔を向けて通話口に口を近づけた。
「うちのがやられました。様子を見てきます」内山警部は取り乱していた。
「どういうことなんですか。犯人は出ていったんじゃなかったんですか」
無線が途絶える音がした。
「くそ」遼二はたたきつけるようにして通話機をフックにかけた。
「警部補?」部下は田村の指示を待った。
「このまま現場に向かえ。急げ」
部下はそれをパイロットに伝えた。とたんにブレードが風を切る音が大きくなった。
格子戸が並んでいた。あたりは暗かったが、街の灯がともっていて、通りに立っているだけで風情が感じられる。平井屋は植え込みもよく手入れしてあった。今にも格子戸をひらいて、風呂敷包みを手に持った着物姿の京女(きようおんな)が出てきそうだ。しかし、そんなはずはなかった。平井屋の周囲だけなんの明かりもなかった。屋敷の中に何者かが立てこもり、京都府警の捜査員とにらみあっているはずだ。府警の警部からはまったく連絡が途絶えていた。平井屋の玄関前に立ったが、ひとりも出迎えをしない。いやな予感がした。一歩近づくたびに、なにか気配が感じられるような気がした。うしろから足音が聞こえた。遼二たちは一斉に振り向いて、銃器を構えた。
「府警のかたですか」
年配のほうが言った。その横で若い男が妙な表情をしていた。この優男(やさおとこ)にはなにか事情があるな。遼二は直感した。
「いや、違います。警視庁の田村です。府警の捜査員はみんな中ですか?」
年配の男がうなずいた。
「最初に突入した人たちになにかあったみたいで、外の人たちも中に入りました。もう二十分ほどたちますが、誰も出てきません」
田村はまっすぐ男の顔を見て考えた。
「わかりました。我々も今から突入します。じき府警から応援がきますから、待っていてください」
テントに平井屋の関係者が座っていた。病人や気分の悪くなった者はすでに病院に移されていた。テントの前で田村は指揮を執った。狙撃班は近隣のビルの屋上に向かった。
田村の部下たちは歴史の重みを感じさせる平井屋の格子戸をゆっくりあけた。磨き抜かれた木の床と古風な調度品が、サーチライトの光に浮きあがった。誰もいない。一輪挿しに桔梗が活けてある。
「内山警部、佐久間巡査部長、聞こえたら返事をしてください」
なんの反応もない。
捜査員たちは目配せして奥に進んだ。無数のサーチライトが暗闇を照らしている。明かりが少しずつ奥に移動する。
急に室内全体がぼうっと明るくなった。外で照明が点いたのだ。しかし、サーチライトなしで歩けるほどではない。そう思った矢先に、狙撃手が三人、付近のビルに配備された、という連絡が入った。
一部屋ずつ確認していく。階下はどこもきれいな状態が保たれている。
「階下は異常ありません」
「人の気配はないか」田村警部補が言った。
「ありません。これから二階にあがります」
「二階には必ずいるはずだ。絶対に油断するな」
「了解です」
「そうですか。じゃあ、そちらに行かなくても構わないのですね?」
「ちょっと、待っててもらいますか。なんか様子がおかしいんですわ」京都府警の内山孝三警部がいった。
プツリと無線が途絶えた。
田村は口を曲げて部下の顔を見た。
「警部補、旋回しますか?」
無線がまた入ったので、田村は横顔を向けて通話口に口を近づけた。
「うちのがやられました。様子を見てきます」内山警部は取り乱していた。
「どういうことなんですか。犯人は出ていったんじゃなかったんですか」
無線が途絶える音がした。
「くそ」遼二はたたきつけるようにして通話機をフックにかけた。
「警部補?」部下は田村の指示を待った。
「このまま現場に向かえ。急げ」
部下はそれをパイロットに伝えた。とたんにブレードが風を切る音が大きくなった。
格子戸が並んでいた。あたりは暗かったが、街の灯がともっていて、通りに立っているだけで風情が感じられる。平井屋は植え込みもよく手入れしてあった。今にも格子戸をひらいて、風呂敷包みを手に持った着物姿の京女(きようおんな)が出てきそうだ。しかし、そんなはずはなかった。平井屋の周囲だけなんの明かりもなかった。屋敷の中に何者かが立てこもり、京都府警の捜査員とにらみあっているはずだ。府警の警部からはまったく連絡が途絶えていた。平井屋の玄関前に立ったが、ひとりも出迎えをしない。いやな予感がした。一歩近づくたびに、なにか気配が感じられるような気がした。うしろから足音が聞こえた。遼二たちは一斉に振り向いて、銃器を構えた。
「府警のかたですか」
年配のほうが言った。その横で若い男が妙な表情をしていた。この優男(やさおとこ)にはなにか事情があるな。遼二は直感した。
「いや、違います。警視庁の田村です。府警の捜査員はみんな中ですか?」
年配の男がうなずいた。
「最初に突入した人たちになにかあったみたいで、外の人たちも中に入りました。もう二十分ほどたちますが、誰も出てきません」
田村はまっすぐ男の顔を見て考えた。
「わかりました。我々も今から突入します。じき府警から応援がきますから、待っていてください」
テントに平井屋の関係者が座っていた。病人や気分の悪くなった者はすでに病院に移されていた。テントの前で田村は指揮を執った。狙撃班は近隣のビルの屋上に向かった。
田村の部下たちは歴史の重みを感じさせる平井屋の格子戸をゆっくりあけた。磨き抜かれた木の床と古風な調度品が、サーチライトの光に浮きあがった。誰もいない。一輪挿しに桔梗が活けてある。
「内山警部、佐久間巡査部長、聞こえたら返事をしてください」
なんの反応もない。
捜査員たちは目配せして奥に進んだ。無数のサーチライトが暗闇を照らしている。明かりが少しずつ奥に移動する。
急に室内全体がぼうっと明るくなった。外で照明が点いたのだ。しかし、サーチライトなしで歩けるほどではない。そう思った矢先に、狙撃手が三人、付近のビルに配備された、という連絡が入った。
一部屋ずつ確認していく。階下はどこもきれいな状態が保たれている。
「階下は異常ありません」
「人の気配はないか」田村警部補が言った。
「ありません。これから二階にあがります」
「二階には必ずいるはずだ。絶対に油断するな」
「了解です」