憑依

115
重い雲にふさがれ、闇は一層深くなった。雨が降りだした。それは時とともに強まっていった。
テントの中で豊雄は迷っていた。黙っていれば、彼らも同じように全滅するだろう。しかし、話しても取り合ってもらえるとは思えない。叔父の光雄に相談すると、やはり同じような意見だった。だからといって、このままなにもせずにいていいのだろうか。時は刻一刻と過ぎていく。
「叔父さん、頭がおかしいと思われても仕方ありません。おれが話してみます」豊雄はパイプ椅子から立ちあがった。
「よし、おれも行こう」光雄は警察が用意した傘をさして、テントから出た。
豊雄と光雄が話しかけると、田村警部補は鋭い目でにらんだ。
豊雄が話を進めるうちに、田村遼二の目つきはさらに険しくなった。豊雄の説得がうまくいくように、光雄も詳しく状況を伝えた。レインコートのフードの奥で、遼二は眉間に皺を寄せ、ますます訝しげにふたりを見た。雨が遼二のレインコートのあちこちでしたたっている。
「家の中に、警察のかたが二度入ったのです。誰も出てこないのはどういうことなんでしょうか? 連絡は取れますか? 信じられないでしょうけど、本当に事態は深刻なんです。今、入っていった、あなたの仲間の方々を外に出したほうがいいです。立てこももっているのは、人間じゃありません。化け物です。それはわたしの妻の富子と平井家の親類の優子に化けています。あなたのお仲間は、きっと二階で倒れているそのふたりを見つけるでしょう。彼らがふたりを抱えて歩きだすと、突如彼女たちに取り憑いた魔物が本性を現し、鋭い牙と爪で彼らを八つ裂きにしてしまいます。彼らを外に避難させられないのならそれも仕方ありません。でも、せめてわたしたちの言葉だけは伝えてほしいのです。そんな馬鹿げたことが起こらなければ、それに越したことはないのですから、どうか、お願いします」
遼二はしばらく考え込んで、トランシーバーを口に近づけた。
「おい、変なことを言うけど、念のため聞いてくれ。とらわれている女性の一人のだんなさん曰く、その奥さんともう一人の女性は、化け物に取り憑かれているんだそうだ。おまえたちが見つけて、連れだそうとすると、突然牙をむいて襲いかかるらしい。危険だから気をつけてほしいそうだ。」
捜査員は怒ったような声を出した。
「警部補、いくらなんでもこの非常時にそういうこと言うのはなしですよ。警部補はそのだんなさんのお言葉を信じたんですか?」
「いや、一応被害者の家族の言葉だから、伝える義務があると思ってな。まあ、気にするな。でも、慎重にやってくれ」
予想通りの展開に豊雄は肩をがっくり落とした。
そのときだった。彼の背後に聞き覚えのある声がしたのは。
「豊雄さん」安心感を人に与える声だった。
振り向くと黒い傘をさした西田和尚がまっすぐ立っていた。
「和尚、山籠もりをなさっていたのでは?」豊雄は驚きをそのまま顔に出した。
「そのとおりです。しかし、なにかいやな予感があったので、予定を切りあげて帰ると、妻が豊雄さんの身に危険が迫っていることをわたしに話しました」
「西田和尚、来てくださったんですね。ありがとうございます」光雄が言った。「とんでもないことになってしまいました」
豊雄と光雄は西田和尚がお祓いをしてからのこと、それから今日のことを詳しく説明した。
テントの中で豊雄は迷っていた。黙っていれば、彼らも同じように全滅するだろう。しかし、話しても取り合ってもらえるとは思えない。叔父の光雄に相談すると、やはり同じような意見だった。だからといって、このままなにもせずにいていいのだろうか。時は刻一刻と過ぎていく。
「叔父さん、頭がおかしいと思われても仕方ありません。おれが話してみます」豊雄はパイプ椅子から立ちあがった。
「よし、おれも行こう」光雄は警察が用意した傘をさして、テントから出た。
豊雄と光雄が話しかけると、田村警部補は鋭い目でにらんだ。
豊雄が話を進めるうちに、田村遼二の目つきはさらに険しくなった。豊雄の説得がうまくいくように、光雄も詳しく状況を伝えた。レインコートのフードの奥で、遼二は眉間に皺を寄せ、ますます訝しげにふたりを見た。雨が遼二のレインコートのあちこちでしたたっている。
「家の中に、警察のかたが二度入ったのです。誰も出てこないのはどういうことなんでしょうか? 連絡は取れますか? 信じられないでしょうけど、本当に事態は深刻なんです。今、入っていった、あなたの仲間の方々を外に出したほうがいいです。立てこももっているのは、人間じゃありません。化け物です。それはわたしの妻の富子と平井家の親類の優子に化けています。あなたのお仲間は、きっと二階で倒れているそのふたりを見つけるでしょう。彼らがふたりを抱えて歩きだすと、突如彼女たちに取り憑いた魔物が本性を現し、鋭い牙と爪で彼らを八つ裂きにしてしまいます。彼らを外に避難させられないのならそれも仕方ありません。でも、せめてわたしたちの言葉だけは伝えてほしいのです。そんな馬鹿げたことが起こらなければ、それに越したことはないのですから、どうか、お願いします」
遼二はしばらく考え込んで、トランシーバーを口に近づけた。
「おい、変なことを言うけど、念のため聞いてくれ。とらわれている女性の一人のだんなさん曰く、その奥さんともう一人の女性は、化け物に取り憑かれているんだそうだ。おまえたちが見つけて、連れだそうとすると、突然牙をむいて襲いかかるらしい。危険だから気をつけてほしいそうだ。」
捜査員は怒ったような声を出した。
「警部補、いくらなんでもこの非常時にそういうこと言うのはなしですよ。警部補はそのだんなさんのお言葉を信じたんですか?」
「いや、一応被害者の家族の言葉だから、伝える義務があると思ってな。まあ、気にするな。でも、慎重にやってくれ」
予想通りの展開に豊雄は肩をがっくり落とした。
そのときだった。彼の背後に聞き覚えのある声がしたのは。
「豊雄さん」安心感を人に与える声だった。
振り向くと黒い傘をさした西田和尚がまっすぐ立っていた。
「和尚、山籠もりをなさっていたのでは?」豊雄は驚きをそのまま顔に出した。
「そのとおりです。しかし、なにかいやな予感があったので、予定を切りあげて帰ると、妻が豊雄さんの身に危険が迫っていることをわたしに話しました」
「西田和尚、来てくださったんですね。ありがとうございます」光雄が言った。「とんでもないことになってしまいました」
豊雄と光雄は西田和尚がお祓いをしてからのこと、それから今日のことを詳しく説明した。