憑依

花
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 猫がお好きなかたで、縁側でひなたぼっこしながらよく猫を撫でておられました。猫が亡くなりますと、決まって同じような白い猫を手にお入れになり、同じようにかわいがっておられました。そうなんです。いつも白い猫でした。よっぽど白猫がお気に入りだったのでしょうね。亡くなった猫はお墓を作ってあげて、みんな同じお墓に埋めたんですよ。奥様が猫といっしょにいるときに、お部屋に入ると、わたしにお気づきにならないことがありました。白ちゃん、白ちゃんって、猫となにかお話になっているみたいでしたね。そういえば、いつも名前は白ちゃんなんです。わたしがおかしがると、奥様もいっしょにお笑いでした。よっぽどその名前が気に入っているんですね。でも、この子はずっと白ちゃんなのよ。これから先もずっと白ちゃんなんだからって、真剣な顔でわたしにお話しされることもありました。わたしは奥様の冗談だと思って真面目に受け取ったことはありませんでしたよ。
 白ちゃんにお話になっているのはなにか、わたし、きいてみたんです。そしたら、わたしの昔話って答えられました。わたしも若くて、好奇心がありましたから、つい、根掘り葉掘りききたくなったんです。まあちゃんなら、いいかな。でも、絶対にほかの人には話してはいけないのよ。奥様は真剣な顔でそう言われました。
 奥様はお武家様のお宅に嫁がれましたが、本来はれっきとしたお公家の血筋なのです。お公家の中でも二条家という、それはそれは大変なお家柄で、なんでもお天子様を幾人も出された、一番格式の高いお公家様なのだそうです。もちろん、奥様はそんなふうにはおっしゃいません。でも、二条家といえば、誰でもそのように言っておりますから、間違いはございません。
 奥様は心の優しいかたですが、それがあだになって、昔、二条家の家宝をだまし取られなさったのです。わたしが生きているうちに家宝を取りもどすのだと、それはもうよく言っておられましたのです。
 なんでも、奥様のご先祖は、お江戸の昔に、よんどころない事情で、京から落ち延びてこられたそうです。その事情はまたのちほどお話しします。とにかく二条という姓も吉田に変えて、和歌山の地に土着してからも、ずっと家宝は子孫代々引き継がれていたのでした。それが、さきほど和尚様のお話に出ていた石帯(せきたい)でございましょう。
 和歌山といえば徳川御三家ですが、奥様は、その嫡男に見初められたのでございます。もちろん明治も末のこと、お武家様の威光ももったいなくも衰えてしまいましたが、それでもやはりこれは実際名誉なことでした。奥様もその殿方を気に入りまして、請われるがままに、紀ノ川のほとりをこっそり散策されたりしたそうです。
 しかし、これも運命というものでしょうか、結納の話も順調に進んでいたある日のこと、お姉様が中村という京の歌舞伎役者と駆け落ちしてしまいました。奥様は二人姉妹の次女で、実のお姉様がいらっしゃったのですよ。このお姉様というかたが、派手で遊び好きで、しょっちゅう芝居見物に出かけて、お目当ての役者さんのあとを追いまわしていたのですが、男を見る目がないのでしょうか、売れない役者の口車に乗せられて、お茶屋を開いたそうなんです。もっともその中村という人が、それなりに甲斐性があり、お店も一時は相当盛ったそうですが、これはまたのちほどお話しします。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日