憑依

花
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 梅田駅の前に車をとめ、教えてもらったホテルに入っていった。かなり大きなホテルだったので、一同は驚いた。
 大きなガラスをはめたエントランスから入り、人工大理石を敷いたロビーであたりを見まわした。世慣れている武一郎が、任せておけと、豊雄に言って、現代風の化粧を施した受付嬢のところへ進みでた。そこまで五十歩ほどあったのではないだろうか。にこやかで礼儀正しい受付嬢と話す武一郎は、さまになっていた。まもなく武一郎はもどってきて、住所を教えてもらえたとみなに伝えた。
「中村さんはこのホテルグループの会長をしているそうだ。といっても、もう九十で実務には関われなくなっている。去年入院して、自宅で予後を養っているらしい」
「兄さんすごいや。なんでそんなに簡単にききだせたんだい」
「なに、菜摘のお父さんの名前を出して、息子なんですが、父の代理でお見舞いに来ましたって言ったら、簡単に信じて、入院していたことまで教えてくれたのさ」
 四人はブルーバードに乗りこんだ。昨日の大雨が通り過ぎたせいか、今日は風が冷たいくらいに感じられた。
「やっぱり第一建設の名声は高いね」
「それはそうと、優子ちゃんも来ていたみたいだぜ」
「やはりそうでしたか」と西田和尚が言った。
「お義兄(にい)さん、どうやってきいたの?」と富子が言った。
「いっしょに来たんだけど、近くではぐれたんだと言った。制服を着た女の子って言ったらすぐ思い出してくれたよ。ロビーに入って、パンフレットを取ったら、すぐに出ていったんだとさ。おれたちが来る十分ぐらい前だったらしい」
「なんで、わたしたちよりも早く着いたのかしら。あの子、歩きでしょ」と富子。
「タクシーを使ったんだろう」と武一郎が言った。
「あっ、その手があったわね」と富子。
「パンフレットで中村さんの住所がわかるのかな」と豊雄。
「ほら、これだ」
 武一郎がパンフレットをポケットから出すと、豊雄は熱心に調べた。
「創業者の顔写真と名前が大きく載ってるよ。でも、中村という人ではないよ」と豊雄。
「後ろめたいことがあるから、改姓したのかもしれないわ」
「そうでしょうな。だから、今まで菜摘さんのおばあさまが復讐を遂げられなかったのでしょう」
「でも、住所は載ってないよ」
 豊雄がそう言うと、武一郎は公衆電話の前で車をとめ、豊雄に電話帳で調べるよう命令した。豊雄はしばらく電話帳と格闘していたが、そのうちにブルーバードのほうを見てOKサインを出した。
「載ってた、載ってた。大阪府天王寺区、兄さんがきいてきたのと同じだぜ」
「今度は優子ちゃんより早く着けるかしら」
「だめだよ。梅田から天王寺だったら地下鉄で行くほうがずっと速い」
「でも、優子ちゃん、大阪は知らないのよ。お兄さん」
「富子さん、彼女は今、普段の状態ではなくなっています。おそらくいちばん速い方法を考えられるでしょう」と西田が低い声で言った。
 富子は助手席に座る西田和尚を見た。そして、得体の知れない物に乗り移られ、自分には思いつきもしないような言動をしていたことを思い出し、気分が悪くなった。
「そうでしたね。彼女は今、優子ちゃんではなくなっているのだわ」
「ええ」
 ごみごみした大阪の町並みが続いていた。雑踏をすり抜けすり抜け、武一郎は天王寺区に急いだ。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日