豹陣
-中里探偵事務所-

探偵
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 路上には銀杏(いちよう)や欅の色づいた葉が数日前の雨で貼りついている。ひかれたままの姿でうつ伏せになった男は、身体の真ん中を縦にタイヤで踏まれていた。頭蓋骨も割れて真ん中がめり込んでいる。頚椎も折れている。中身と血液がだいぶはみだしていた。前輪で踏まれた後に丁寧に後輪にも踏んでもらったのだろう。なかなか見事な仕上げ方だった。おそらく苦しむ時間は一刹那に限られていただろう。それだけがこの男にとって感謝すべきことだったようだ。
「間違ってひいてしまったので慌ててハンドルを切った、というわけではないわね」
 田部井に答えながら、神村美由紀は遺体から採取したサンプルをビニール袋に詰めて封をした。
「この通りを猛スピードで走行していて、人をひいたことにまったく気づかなかったか、被害者が動き出すことがなくなるように慎重に狙い澄ましたか、どっちかね。でも、いくらSUVでもこんな大きな障害物に乗りあげたらちょっと舵を切りたくなるかも」
「もっともスピードが出てれば、気づいても後輪が踏んだあとに進路変更することになるか」
「速度については目で見ただけではなんとも判断できないわね」と、鑑識課の神村巡査部長はタイヤの跡を写し取りながら言った。
 田部井と神村は栃木県警察学校で同室だった。一課と鑑識課に別れてからも捜査では大概一緒になる。気心も知れているし、二人が組むと威力が高まる。個人的な付き合いもあり、田部井の夫が経営している店によく顔を出す。田部井の夫は調理師だ。足利市の繁華街で天麩羅屋をしている。
「私、目撃者の証言集めるから、美由紀、できるだけ詳しく調べてね」
「オッケイ」
 田部井は他の捜査員たちにも細かい指示を与えながら、年配の女性に聞き込みをしている皆川に近づいた。
「皆川巡査長どうですか?」
 体の向きを変えた皆川巡査長が口を開くより先に、年配の女性が興味津々な様子で亜沙子に質問した。
「お姉さん、あんたも刑事なのかい? うわ、たまげたねこりゃ。うちの娘と同じ年くらいかねえ。そんなきれいな顔で刑事なんかやってたら、恐いアンちゃんにやられちゃわないかい」
 田部井はこういう反応には慣れているので、そつなく対応できる。
「ご心配ありがとうございます。お名前をおきかせいただいてよろしいですか」
「大塚です」
「下のお名前は?」
「昭子です」
 昭子は手帳に書き留める田部井の顔つきや姿勢に好感を持った。話し方も昭子がよく利用する通信販売の電話オペレーターのように柔らかく丁寧で心地よかった。
 この柔らかさが田部井の持ち味だった。丁寧だが決してあなどられることのないある種の威厳もバランスよく配合されている。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 豹陣-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2015年8月