豹陣
-中里探偵事務所-

探偵
prev

11

 二人が住むマンションは「あをやぎ」から車で十五分ほどのところにある。事件になれば、県警や所轄の警察署に詰めることが多い。だから、マンションに帰らなくても着替えたり仮眠を取ったりできるように、「あをやぎ」の入っている三階建てのビルの二階を改装してあるのだ。譲は父からビルごと相続した。そして、そのビルを空き店舗の三階を除いてすべて使用している。三階は借り手を募っているが一向に現れない。
「いいんだよ。俺にできることがあれば手伝うよ」
 譲は亜沙子が困っていると、一緒に考えてあげていた。
「ありがとう。譲さんが手伝ってくれると、本当に助かる」
「被害者の身元は割れたのかい」
「会社の役員やってるみたい」
「どんな会社?」
「あやしげ」
「どんな感じ?」
「マンションの部屋を調べたらたくさん名刺が出てきた。いろんな会社の社長とか部長とか騙(かた)ってるみたい。通帳もいっぱいあったよ。いろんな人の名前でね。その人たちの運転免許とか保険証も出てきた。財布の中にも他人名義の免許と保険証が入ってた。何でも引き受けます。あなたの町のベンリ・ショップ。なんていう安っぽいチラシも床の上に積んであったよ」
「ふーん、じゃあ、主な収入源は振り込め詐欺かな?」
「たぶんね」
 被害者のマンションは現場からすぐ近くにあった。宮原直樹。四十二歳。不動産会社、保険会社、証券会社、携帯電話会社、その他数多くの偽会社の名刺を持っていた。通帳もたくさん出てきた。ざっと二十人以上の名義である。その名義のもととなったに違いない保険証や免許証もある。おそらくカバンや財布をあちこちから盗んできたのだろう。宮原が身につけていた財布の中にも他人名義の保険証が入っていた。
 譲は静かに食器を拭いていた。最近はどの店も食器洗い機を導入しているが、「あをやぎ」の器は値の張るものばかりなので、手で洗うしかない。
「車の持ち主と話はできたの?」
 譲はナンバーから絞られたという車について質問した。亜沙子は腕時計を見ながら二階に向かおうとしていた。
「詳しいことは捜査会議で出ると思うけど、とりあえず二人はアリバイがあるの。そのうちの一人は家族と食事をしていたし、もう一人は東京へ出張中、しかも車は車検中だって。もう一人も今のところなんも手掛かりがないの。ちょっと難航しそうだわ。でも、被害者からいろいろ出てきたから、振り込め詐欺グループを摘発できるんじゃないかって、二課がほくそえんでいたよ。ごめんね、シャワー浴びてくる。時間なくなっちゃう」
「亜沙子」
 階段をまた降りてきて体を折って顔を見せた。
「何?」
「俺の思いつきで悪いんだけど、明日の聞き込みで車検中の車を調べてみて。詳しいことは明日話すから」
 亜沙子は少し考えこんだ。しかし何のためにそんなことを言いだすのか見当がつかなかった。
「わかった。ありがとう。ごめんね。帰れたら少しでもうちで寝るからね」
「無理しなくていいよ。気をつけてな」
「ありがとう」
 亜沙子が階段をあがりきり、浴室のドアを開けて閉める音がした。
next

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 豹陣-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2015年8月