豹陣
-中里探偵事務所-

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場面9
現実とは、まわりとの関係や比較によって成立する相対的な世界だ。――リチャード・マシスン
『縮みゆく男』
〈シティハウス足利〉はひき逃げ現場から徒歩三分の場所にあった。それは、全国津々浦々どんな都市にでもありそうな分譲マンションであった。
足利署に戻ってすぐ、亜沙子と皆川はここへ足を運ぶことになった。
今、最優先でやるべきことは、盗難ナンバーの調査と詐欺師グループのメンバーと推測される事故の被害者を詳細に調べること。そう高柳警部補は判断した。
そしてすぐに亜沙子たちに指令が飛んできたのだ。手は足りない。捜査員を休ませる暇はないというわけである。
亜沙子は引き出しやファイルを、丹念に調べていた。皆川は乱暴だが手際よく調べていた。しかし、両者の結果は同じだった。
「ちくしょう、なんて用心深い奴らなんだ。振り込め詐欺の癖しやがって」
「皆川さん、免許の持ち主に電話してみましょう」
二人はダイニングのテーブルでメモを取りながら、全ての身分証明書の持ち主に電話を掛けた。答えは一様だった。
(1)財布やバッグが盗難に遭ったあと、身分証明書は再発行した。
(2)自分名義の通帳が開設されていたなどとはゆめにも思っていなかった。
要約すればその二点に収まりきった。
「やっぱり、どう考えても振り込め詐欺ですよね」
いらだちを露わにした声で皆川が言った。
無理もないと亜沙子は思った。足利署管内でここまでやっかいな交通死亡事故が起きることはめったにない。それはおそらく皆川がまれにしか経験したことがないものだろう。しかも、今の段階では交通事故とは断定できないのである。事故を装った殺人かもしれない。それに被害者はどうやら犯罪組織にかかわっているようだ。
皆川がいらいらするのは、あの事故のこともあるだろうと亜沙子は思った。つい二ヶ月前に隣の佐野署管内でひき逃げ死亡事故があり、今のところ手掛かりがない。県内で死亡事故が二件立て続けに迷宮入りとなれば世間の風当たりも当然きつくなる。それは何としても避けたいのだ。
栃木県警からの連絡を受けた警視庁は対応に揺れていた。殺人の線なら一課だが、詐欺事件の捜査なら二課になる。最近は全国あちこちで重大事件が頻発していて、ただでさえ捜査員が不足している。