豹陣
-中里探偵事務所-

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場面11
さて、私は議論する能力を身につけていく過程で、あまり攻撃的ではなく、敵意といったものが少ない「東洋的アプローチ」からも、実に多くのことを学んだ。ここで言う東洋的とは、自分ばかりを前面に押し出すのではなく、相手を思いやり、相手との和を何よりも大切にするという意味である。――ゲーリー・スペンス
『議論に絶対負けない法』
たまたま足利署のすぐ近くのブティックを回っているときに、増田は会社の社長から連絡を受けた。いやな予感は当たった。社長が電話を刑事に取り次いだ。ブティックの女店主は、携帯を耳に当てている増田の顔がみるみる暗くなっていくので心配になった。女店主に「なんでもありませんよ」と明るい顔で答えて、足利署に向かった。
駐車場に車をとめて、大きなガラス張りの玄関までくると、増田はタバコに火をつけた。ゆっくり二本吸ってから意を決して自動ドアの前に立った。
テレビで見るような取調室を想像していたが、受付の警察官に通されたところは、どこの公民館にでもあるような小会議室といった小部屋だった。どこにでもあるような長机におかれた緑茶を飲んでいると、若い男と女が入ってきた。男は運動部の顧問のように体格がよかった。増田は少し恐くなった。あの大きな手で殴られたら痛いだろうなと思った。女は頼りなさそうで、男心をくすぐるタイプだった。あの女にきかれたら返事をしようと思った。
「増田さん。あなたはいつも荒っぽい運転をしているみたいですね」
増田はこの男の言い方が気に障った。上から見下ろすような感じも嫌だったし、妙にドスの利いた、明らかに人を脅しにかかっている口調も不快だった。
「ここ数年の間にも大幅なスピード違反で二回捕まっている。近所の人たちもな、あんたが危険な運転をしてるから迷惑しているんだよ」
皆川は大音声を張り上げ、テーブルを叩いた。増田は眉一つ動かさずに壁に貼られたポスターを見ていた。
「やめよう、無茶な取調べ」
ポスターにはマリンブルーの地に朱色でそう書かれていた。その下には、にこやかに取り調べるきちんとした身なりの若い男の刑事と、打ち解けた様子で事情を説明している、真面目そうなサラリーマンの写真があった。広い世の中にはこんな取調べ風景があるかもしれないな、と増田は皮肉を言ってやろうと思ったが、喉元まで出かかったところでやめた。
「よお、十一月二十日の午後五時三十分頃、おまえはどこで車を運転していたんだ」
再度の皆川の絶叫である。増田は無言である。身動き一つしない。