豹陣
-中里探偵事務所-

探偵
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「おい、やましいことがなにもないんなら、なんとか言ったらどうなんだよ。やましいことがあるから黙っているんだろ。おまえは足利駅の少し北にある市道をすっとばしているときに、スマホでもいじってて通行人を跳ね飛ばした。そうだろ。いい加減吐いたらどうなんだ」
 皆川が増田をにらみつけたまま口を閉じた。まるで視線の力で自白を引き出してやるといわんばかりに。しかし、増田の姿勢はまったく変わらなかった。ニット編みのセーターの背中を丸めてこちらを振り向こうともしなかった。
「増田さん、お仕事で足利にもよく来るんでしょ。よかったら、ここ一週間に回った店について詳しくお話してもらえませんか。あなたの話したことが一致するかどうか、お店の人、一軒一軒にきいてみるわ。その裏づけが取れるだけでも、あなたには有利に働くんじゃない?」
 まるでブティックの女性店員が客の体型にどの服が一番合うかをみつくろってやっているかのような言い方だった。増田は亜沙子を見たときから好感を持っていたが、彼女の声や話し方を聞いていると、ますますそれが強まるのを感じた。
「あなたになら話してもいいよ」
 増田ははじめて前を向き、口を開いた。
「なんだと、このやろ」
 皆川はいきりたったが、亜沙子がなだめた。皆川はなかなか矛を収めようとしないので、亜沙子にしては珍しく強い口調でたしなめた。
「皆川刑事、あのポスターを見なさい」
 皆川はポスターを見て気を悪くした。
「だって」
「だってじゃないの。普通に話をきけばいいの」
「わかりましたよ」
 今度は皆川がむくれて横を向いた。
 亜沙子は皆川には構わずに増田から話を聴き取った。増田は一転して素直に話をした。誰も証人はいないけど、例の事故があった時刻には本当に家にいたと強調した。品物を届けるとき以外に、足利まで出かけることはまったくないということも、真剣な目で訴えた。

 取調べの後、亜沙子と皆川は刑事課の部屋で裏づけを取った。
「そうですか。間違いないですね? ……。あの、念のためなんですが、十一月二十日の夕方頃には増田さんは品物を納品に来ていないですよね。……。そうですか。ありがとうございました」
 亜沙子は電話を置いた。増田がこの一週間に商品を届けた店のリストの一番最後のところにレ点を付けた。
「だから、あいつとぼけてるんですよ。仕事以外で足利に行かないなんて、そんなこと言い切れるはずないじゃないですか」
 皆川はタバコの煙を吐きながらぼやいた。
「でも、宇都宮から足利まで仕事以外で行ったりするかしら。皆川さんは、彼がなんのために足利に来ていたって言うの? あの日は彼は仕事はしていなかったのよ。全部の店で裏づけが取れたじゃない?」
「友達がいるとか、女がいるとか、そんなのいろいろあるじゃないですか。その辺をとにかくつっこんでみることですよ。あんまり優しくしない方がいいですよ。図に乗るだけですから」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 豹陣-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2015年8月