豹陣
-中里探偵事務所-

探偵
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場面12

ひとつの話が次の話へ、そしてまた次の、そしてまた次の話へとつながっていく。それは望みどおりの方角へ進んでいくかもしれないし、進んでいかないかもしれない。結局肝心なのは話そのものではなく、その話を物語る声なのだ。
――スティーヴン・キング
『IT』

 かなり遅い時刻に亜沙子は自宅のあるマンションに戻った。寝室は真っ暗だった。譲はすっかり寝入っていた。静かに寝室のドアを閉めて浴室に向かう。
 シャワーを浴びて戻り、クイーンサイズのベッドの窓際に横になった。本当はドア側に寝るのが好きなのだが、譲が嫌がる。何かの本に、男は入り口に近い方で寝る習性があると書いてあった。本能的に女を外的から守ろうとするのだと説明していた。真偽の程は定かでないが、確かにどんな部屋で寝ても譲は出口に近い方に場所を占める。あながちいい加減な説ではないのかもしれない。そんなことを考えながら眠りにつこうとすると譲が話しかけてきた。
「はかどってるかい」
「あんまり」と言って、亜沙子は冷たい足を温かい譲の足に乗せた。「アリバイがない男がいてちょっと怪しげなんだけど、目撃者に写真見せたら違うって言われた」
「もう一回、トヨタの営業所に行ってみて」
「だって、車検をしたことは確かめたのよ。これ以上何を調べるの?」
 譲は自分の調べたことを話した。
「あきれた。お店の方は休んじゃったの?」
「一日ぐらい休んだって、誰も困らないさ」譲は亜沙子の腿を優しくなでた。「もしかしたらまだタイヤは処分されてないかもしれないと思ったけど、やっぱりされてた」
「へえ、やっぱりトヨタってしっかりしているのね。作るときも無駄のないようにやるみたいだけど、処分するときも迅速なのね」
「うーん。でも、タイヤってそんなに頻繁に回収しないよね。事故車両と同じナンバーの車がちょうど車検を受けて、ちょうどタイヤを交換していて、ちょうどタイヤ処理業者の回収日だった。……なんかできすぎてるんだよな」
「そうかしら」
「車検を担当した従業員に会うぐらいは、してみる価値があるんじゃないかな」
「車検した事実が確かめられればいいやって思っていたから、担当者が誰かだなんて気にしていなかったわ。でも、そこまでする必要がある?」
 亜沙子は皆川の不満そうな顔を想定しながらいった。
「担当者に直接会って、名刺をもらってきてほしいんだ」
 亜沙子はもう譲に逆らわなかった。もう何も考えられない。とにかく寝かせてほしかった。
「了解。じゃあ、私寝るね。おやすみなさい」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 豹陣-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2015年8月