豹陣
-中里探偵事務所-

29
「おいしい。これ、何ていう魚ですか」
「これはひらめです。これは鯛。これはかんぱち……」
「かんぱちって初めて聞いたわ」
「鰤(ぶり)に似た魚です。今は旬じゃないんですが、いいものが市場に出ていたので」
「へえー」
と言って、美由紀はかんぱちの切り身を口に入れた。
「おいしい」
譲はにっこり笑って言った。
「あとは、蛸と赤貝です。今、天麩羅を揚げますからね」
「はい、ありがとうございます」
美由紀は、赤貝を一つ、わさび醤油につけて口に入れると、片口を手に取り、亜沙子の杯を満たした。
「ありがとう」
「私の方こそありがとう。いつも気をつかわせちゃって」
「いいのよ、気にしないで」
譲は、鱚(きす)に衣をまとわせると、油にくぐらせた。音と香りに美由紀の胃袋が反応した。彼女が何か言い訳をする前に、譲が事件の話に戻した。
「さっきの車のナンバーだけど、該当車両について、もう一度順を追って整理してみない?」
美由紀は白い顔をさっと染めて、下を向いた。天麩羅が運ばれる前に、あと幾切れ刺身を胃に落とすと音がやむかを、真剣に考える。今日は忙しすぎて、昼にデニッシュを一つしか食べていなかったのだ。
美由紀が刺身を一切れ、二切れ、口に入れていると、亜沙子が、以前に調べたことを手際よく二人の頭の中に整理して並べていった。
亜沙子は、事実をノートに取るのが上手なだけではなく、他人(ひと)への説明も上手だった。事務処理も正確で速く、コンピューターにも強かった。
彼女のそういうところは、誰からも厚い信頼を得ているが、このことに関しては、面白いことに、高柳警部補でさえ例外ではなかった。確かに高柳は、女性刑事が殺人事件を担当することに、嫌悪感を覚えている。しかし、それは自分でもどうすることもできない自然な反応であって、そのことと、亜沙子への厚い信頼とは全く別の次元であった。亜沙子は、もはや高柳警部補にとって、必要欠くべからざる存在になっていたのである。高柳はもちろん一切口にしないし、また口にできないことでもあるが、部下の人事異動の際、そのもっとも最後の候補であってほしいと願うのは、いつも亜沙子であった。毎年必ず初詣に訪れる佐野厄除け大師で、賽銭を投げて祈願する際の、もろもろの頼み事の一つになっているほどであった。
天麩羅が揚がり、塩と一緒にカウンターに置かれた。塩を付けた蓮根を美由紀が食べると、天つゆも来た。天つゆに車海老をつけた頃には、亜沙子の説明が一通り終わっていた。
「これはひらめです。これは鯛。これはかんぱち……」
「かんぱちって初めて聞いたわ」
「鰤(ぶり)に似た魚です。今は旬じゃないんですが、いいものが市場に出ていたので」
「へえー」
と言って、美由紀はかんぱちの切り身を口に入れた。
「おいしい」
譲はにっこり笑って言った。
「あとは、蛸と赤貝です。今、天麩羅を揚げますからね」
「はい、ありがとうございます」
美由紀は、赤貝を一つ、わさび醤油につけて口に入れると、片口を手に取り、亜沙子の杯を満たした。
「ありがとう」
「私の方こそありがとう。いつも気をつかわせちゃって」
「いいのよ、気にしないで」
譲は、鱚(きす)に衣をまとわせると、油にくぐらせた。音と香りに美由紀の胃袋が反応した。彼女が何か言い訳をする前に、譲が事件の話に戻した。
「さっきの車のナンバーだけど、該当車両について、もう一度順を追って整理してみない?」
美由紀は白い顔をさっと染めて、下を向いた。天麩羅が運ばれる前に、あと幾切れ刺身を胃に落とすと音がやむかを、真剣に考える。今日は忙しすぎて、昼にデニッシュを一つしか食べていなかったのだ。
美由紀が刺身を一切れ、二切れ、口に入れていると、亜沙子が、以前に調べたことを手際よく二人の頭の中に整理して並べていった。
亜沙子は、事実をノートに取るのが上手なだけではなく、他人(ひと)への説明も上手だった。事務処理も正確で速く、コンピューターにも強かった。
彼女のそういうところは、誰からも厚い信頼を得ているが、このことに関しては、面白いことに、高柳警部補でさえ例外ではなかった。確かに高柳は、女性刑事が殺人事件を担当することに、嫌悪感を覚えている。しかし、それは自分でもどうすることもできない自然な反応であって、そのことと、亜沙子への厚い信頼とは全く別の次元であった。亜沙子は、もはや高柳警部補にとって、必要欠くべからざる存在になっていたのである。高柳はもちろん一切口にしないし、また口にできないことでもあるが、部下の人事異動の際、そのもっとも最後の候補であってほしいと願うのは、いつも亜沙子であった。毎年必ず初詣に訪れる佐野厄除け大師で、賽銭を投げて祈願する際の、もろもろの頼み事の一つになっているほどであった。
天麩羅が揚がり、塩と一緒にカウンターに置かれた。塩を付けた蓮根を美由紀が食べると、天つゆも来た。天つゆに車海老をつけた頃には、亜沙子の説明が一通り終わっていた。