豹陣
-中里探偵事務所-

31
「担当者が誰かわかる?」
譲がお櫃(ひつ)からシャリを掬(すく)いながら言った。
亜沙子は手帳のページを忙しくめくった。
「あった。橋本さんだ」
橋本、とは、県警捜査一課巡査長の橋本だ。このときも、佐野署に協力していたのだ。
「トヨタの営業所……」
亜沙子の声はそこでとまった。
「えっ! もしかして、今回の事件と同じディーラーなの?」
二人は顔を見合わせた。一言も発しなかった。数秒後、同時に譲の方を見た。
譲は、涼しい顔で、鮨を握っている。いかにも清潔そうだ。
「ねえ、譲さん」
と亜沙子が言った。
譲は無言である。シャリにさびをつけてネタを乗せ、テンポよく握る。
「この二つの事件には、何か関係があると思う?」
「たぶんね」
焼物に五貫ずつ握りを乗せて、両手ですっと二人の前に置く。
亜沙子は握りを見つめていたが、やがて、
「よし、明日確かめに行って来る」
と、力強く言った。
「いや、俺が確かめてみるよ」
「え!」
と、亜沙子が言った。
「だって、またトヨタの営業所に行くのは、気が重いんじゃないのかい?」
「でも、うまくいくかしら?」
「俺に考えがあるんだよ」
譲は、赤だしの味噌汁を二人の前に置いて、続けた。
「大丈夫だよ。亜沙子には迷惑をかけないさ。名刺があったら、見せてもらってもいいかな」
亜沙子は、バッグを開いて、名刺入れを出した。目的の名刺はすぐに出てきた。
譲は、さわやかな顔で、手帳に名刺に記載された肩書きや名前などを書き取った。
「それに、亜沙子は、被害者のことをいろいろ調べるのに手一杯だろ。被害者のことはできるだけ調べておいたほうがいいと思うよ。車検担当者と何か関係があると思うんだ。俺は捜査に深入りするようなことを訊くつもりはないよ。車検担当者と会って、気になることがあれば、そこからは亜沙子に引き継ぐよ。はっきりとした不審点があったほうが、亜沙子が営業所に行く理由を説明しやすいだろ」
譲の説明に亜沙子は納得した。
「あなたの言うとおりだわ。でも、無理は禁物よ。不審点が出てこなくても、あまりしつこくは質問しないでね」
新聞記事を見て、暗くなった気持ちが、譲のおかげで少し明るくなった。
「あなた、お酒、もう少しいただけるかしら」
「いいよ」
譲は、冷蔵庫の扉を開けた。
扉がスライドする音や酒瓶のフタを開ける音、酒が片口に流れ込む音を聞きながら、美由紀は赤だしの味噌汁をすすった。刺身と天麩羅と鮨で満ち足りた胃に、香ばしい味噌汁が染みわたる。そして、譲のような夫を持つ亜沙子は幸せだと、しみじみ言った。
譲がお櫃(ひつ)からシャリを掬(すく)いながら言った。
亜沙子は手帳のページを忙しくめくった。
「あった。橋本さんだ」
橋本、とは、県警捜査一課巡査長の橋本だ。このときも、佐野署に協力していたのだ。
「トヨタの営業所……」
亜沙子の声はそこでとまった。
「えっ! もしかして、今回の事件と同じディーラーなの?」
二人は顔を見合わせた。一言も発しなかった。数秒後、同時に譲の方を見た。
譲は、涼しい顔で、鮨を握っている。いかにも清潔そうだ。
「ねえ、譲さん」
と亜沙子が言った。
譲は無言である。シャリにさびをつけてネタを乗せ、テンポよく握る。
「この二つの事件には、何か関係があると思う?」
「たぶんね」
焼物に五貫ずつ握りを乗せて、両手ですっと二人の前に置く。
亜沙子は握りを見つめていたが、やがて、
「よし、明日確かめに行って来る」
と、力強く言った。
「いや、俺が確かめてみるよ」
「え!」
と、亜沙子が言った。
「だって、またトヨタの営業所に行くのは、気が重いんじゃないのかい?」
「でも、うまくいくかしら?」
「俺に考えがあるんだよ」
譲は、赤だしの味噌汁を二人の前に置いて、続けた。
「大丈夫だよ。亜沙子には迷惑をかけないさ。名刺があったら、見せてもらってもいいかな」
亜沙子は、バッグを開いて、名刺入れを出した。目的の名刺はすぐに出てきた。
譲は、さわやかな顔で、手帳に名刺に記載された肩書きや名前などを書き取った。
「それに、亜沙子は、被害者のことをいろいろ調べるのに手一杯だろ。被害者のことはできるだけ調べておいたほうがいいと思うよ。車検担当者と何か関係があると思うんだ。俺は捜査に深入りするようなことを訊くつもりはないよ。車検担当者と会って、気になることがあれば、そこからは亜沙子に引き継ぐよ。はっきりとした不審点があったほうが、亜沙子が営業所に行く理由を説明しやすいだろ」
譲の説明に亜沙子は納得した。
「あなたの言うとおりだわ。でも、無理は禁物よ。不審点が出てこなくても、あまりしつこくは質問しないでね」
新聞記事を見て、暗くなった気持ちが、譲のおかげで少し明るくなった。
「あなた、お酒、もう少しいただけるかしら」
「いいよ」
譲は、冷蔵庫の扉を開けた。
扉がスライドする音や酒瓶のフタを開ける音、酒が片口に流れ込む音を聞きながら、美由紀は赤だしの味噌汁をすすった。刺身と天麩羅と鮨で満ち足りた胃に、香ばしい味噌汁が染みわたる。そして、譲のような夫を持つ亜沙子は幸せだと、しみじみ言った。