豹陣
-中里探偵事務所-
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場面15
何気なく見るほうが星をはっきり識別できる――エドガー・アラン・ポオ
『ハンス・プファアルの無類の冒険』
トヨタの営業所の駐車場にとまったアウディから歩いてくる男を、店内のスタッフたちが興味深げに見守った。新規の顧客獲得になるかと期待して逸る気持ちを、営業マンたちは落ち着かせようと努力しながら、出迎えるために姿勢よく立った。なかには、アウディがまだ新車であることに気づいて、期待するのをやめた者もいる。関通郎(みちお)は、脈があってもなくても、それとは関係なく、いつも来店者に全力で対応することを心がけている。
田部井譲は、よく磨かれた自動ドアをくぐったとたんに、スタッフたちの気持ちのいい挨拶を浴びた。近づいてきた関が、声をかけた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、店内をご覧になってください。何か気になる車種がございますか」
譲は、自然体で、
「プラグインハイブリッド車を見てみたいと思っているんですよね」
と言った。
「そうですか。実はいま、プラグインハイブリッドのプリウスが試乗できるのですが、いかがですか。試乗なさいませんか」
関は名刺入れから名刺を一枚抜き取り、丁重に差しだした。
「申し遅れましたが、私(わたくし)、営業係長の関と申します」
譲は、ペコリと頭を下げて、名刺を受け取った。
プラグインハイブリッド車に本当に興味のある譲は、関に促されるまま、試乗車に乗り込んだ。
付近の県道を北上することにした。県道は西に折れ、足利高校に向かう。足利高校付近で南下し、そのまま山沿いに足利市役所方面に向かう。市役所の手前で、鑁阿寺(ばんなじ)の脇を通る別の県道に入り、足利駅前を東西に通るまた別の県道を東に折れる。その県道を東の方向にまっすぐ走ると、営業所に戻ってくる。
短い距離だったが、プラグインハイブリッドの性能は実感できた。モーターで動いているのが、コントロール・パネルで確かめられた。
「すごいですね。エンジンが動いてないじゃないですか」
「そうなんですよ。二〇キロ程度の距離でしたら、EVだけで走行可能です」
「EVってことは、電気自動車っていうことですよね」
「おっしゃるとおりです。買い物や通勤程度のご利用でしたら、ほとんど電気自動車に乗っているようなものです。電気を消耗し尽くすと、自動的にハイブリッドに切り替わります」
「つまり、充電した電気がなくなるまでは、電気自動車に乗っているようなもので、そのあとは、通常のプリウスになるということですか」
「そうなんです」
「すごいですね」
譲は、顔を関に向けた。
「それで、充電にはどのくらい時間がかかるんですか」
「一〇〇ボルトなら三時間、二〇〇ボルトなら一時間半で、充電を完了できます」
「家庭用の電源でできるんですよね?」
「もちろんです」
試乗中に、譲は関と、そんな会話を交わしていた。PHV(プラグインハイブリッド)は、とても魅力的だった。アウディはガソリンを食うから、プリウスに乗り換えようかなと、少し心が動いたほどだった。