豹陣
-中里探偵事務所-

探偵
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33

 営業所に着くと、テーブルに座って、関と話をした。女性スタッフが、おしぼりを持ってきて、飲み物の注文をとった。しばらくすると、コーヒーが運ばれてきた。関はしきりに、アウディを高く下取りする、と言う。譲は、ほしいのはまんざらうそではないので、少し検討してみたい、と言った。すると関は、譲がとめるのも聞かず、ただいま見積書を作ってきますと言って、席を立った。
 テーブルに一人取り残された譲は、コーヒーを飲みながら、店内の様子を観察した。
 店内に展示された最新型の車。受付カウンターと簡易厨房。ガラスの外壁。大画面のテレビ。ゆったりくつろげる、テーブルとイス。テーブルで商談をしている営業マンと客。営業マンは、眼鏡をかけて、恰幅がよく、声が野太い。ネームプレートを首からぶら下げていて、視力のいい譲には、その氏名が見える。

  営業課長 野村友憲

 そこで、譲のアンテナが何かをとらえた。
(あれ、あの人は、亜沙子に見せてもらった名刺の人じゃないか……)
 譲は、あごを手のひらでさすった。
 そこへ、関が見積書を持ってきて、譲の向かいの席に座った。関は、テンポよく説明した。歯切れよく、ハキハキとした話しぶりで、非常にそつがない。
(何か違うんだよなあ。亜沙子からきいた情報によれば、野村という人は、そつのない感じで、目端が利いて、ハキハキしている。ところが、あそこのテーブルで顧客と商談している人は、声が太くて、発音も不明瞭だし、話し方がとてもスローモーだ。それよりむしろ、この、目の前で熱弁をふるっている関さんのほうが、亜沙子の言ってた印象にぴったりの人なんだよなあ。スローモー君がにせ物のネームプレートを付けているのか? 目の前のハキハキ君以外にも、ハキハキ君がいて、そいつが本物の野村友憲で、今日はスローモー君に箔を付けるため、ネームプレートを貸してやったのか? 失敗したなあ。亜沙子に、眼鏡をかけてるかどうかきいておけばよかったな)
 彼は、複雑に考えるのはやめようと思った。
(オッカムの剃刀だ。一つの現象を説明する複数の理論がある場合、より単純な方が真実だ。つまり、あそこにいるスローモー君が営業課長の野村友憲で、目の前のハキハキ君が、亜沙子の言ってたハキハキ君だ。よし、そう仮定したうえで、作戦開始といくか)
「ところで」
 と、譲は切りだした。
「PHVへの関心は、とても強いものがあるのですが、今日は他にも話がありまして」
 関は、少し営業への熱を冷まされた感じになった。
「と申しますと」
「私、実はこのような仕事をやっておりまして」
 譲は名刺をテーブルの真ん中に差しだした。

  中里探偵事務所
    所長 中里守

「探偵! いやあ、格好いいですね。わたくし、探偵物のドラマ、大好きなんですよ。『相棒』とか、よくみますよ」
「いや、地味な仕事ばかりで、そんな格好いいものじゃないんですよ」
 譲は話をあわせた。
 関は、立て続けに、探偵の素晴らしさを褒め讃える話をした。それが一段落すると、譲は簡潔に本題に入った。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 豹陣-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2015年8月