豹陣
-中里探偵事務所-
34
「依頼人のかたが、ひき逃げ犯を探してほしいと言うのです。目撃者の見た自動車のナンバーの持ち主は、みんなアリバイがあるらしいんです。持ち主の一人が、事故当日車検中だったそうで、依頼人のかたは、どうもそれが引っかかるらしいんです。でも、警察はそれを言っても、あまり取りあってくれないみたいです。私の知人の警察官にきいたら、一応この営業所にも話をききにいった、と言ってました。車検の担当者は営業課長の野村友憲というかたで、本人からも話がきけたそうで、特に不審な点はなかったということで、それでおしまいになったそうです。しかし、依頼人のかたは、どうしてもあきらめきれず、私にもう一度訪問してみてほしいというんです。車検をしている車が事故を起こすわけがないんですから、私も困ってるんですけどね。まあ、仕事なので仕方なくお話を伺(うかが)いにきたわけなんです。前置きがずいぶん長くなってしまいましたけど、それで、営業課長の野村友憲様は、いまいらっしゃいますか?」
と話すあいだ、譲は関の顔を見ていたが、関の顔は、やはり何かを物語っていた。しかし、それを注意深く表面に表さないようにしている、と譲は思った。
「いやあ、それは、すごい話ですね。わたくし、こんなドラマみたいな話は、ほとんど縁がないものですから、びっくりしてしまいました」
関は顔を近づけて、声を落とした。
「すると、営業課長の野村が、その事故に何か関係があるということですか?」
「いや、それはないと思います。手掛かりが何もないので、依頼人のかたが、藁(わら)にもすがるような気持ちになっているのです。やるべきことはすべてやった、と依頼人のかたに納得していただく必要があるのですよ」
ふと見ると、関の額から汗が流れていた。
「申し訳ございません。野村は、ただいま営業に出ておりまして」
関は、ささやくような声で言った。数メートルしか離れていないところに座っている野村は、客の言ったことがおかしかったのか、豪快な笑い声を立てている。
「あのー、少しお時間をいただければ、代わりにわたくしが、そのお客様の整備記録を探して、お持ちいたしますが」
関がかなり無理をしていることが、額に流れる汗が増えたことからもわかった。
「いえ、それには及びません。おそらく警察の判断が正しいのでしょう。野村様には、私がきたことを、よろしくお伝えください。こちらから連絡いたしますと、ことづていただけると幸いです」
関の表情がやわらいだ。
「かしこまりました。必ずそのように申し伝えておきます」
「では、すっかり長居してしまいました。このへんで、失礼させていただきます」
「何のお役にも立てず、申し訳ございませんでした」
譲が立ちあがって、エントランスに向かうと、関も並んで歩きだした。
「それで、もしよろしければ、PHVの件をご検討なさってください」
とは、さすがに言わなかった。
自動ドアを抜け、アウディに乗り込み、窓を開けると、関は譲に丁寧に挨拶をした。
「今日は、試乗させていただいて本当にありがとうございました。それでは、失礼します」
譲は頭を下げて、車を発進した。関はその場でずっと立ったまま、アウディが見えなくなるまで見送った。
と話すあいだ、譲は関の顔を見ていたが、関の顔は、やはり何かを物語っていた。しかし、それを注意深く表面に表さないようにしている、と譲は思った。
「いやあ、それは、すごい話ですね。わたくし、こんなドラマみたいな話は、ほとんど縁がないものですから、びっくりしてしまいました」
関は顔を近づけて、声を落とした。
「すると、営業課長の野村が、その事故に何か関係があるということですか?」
「いや、それはないと思います。手掛かりが何もないので、依頼人のかたが、藁(わら)にもすがるような気持ちになっているのです。やるべきことはすべてやった、と依頼人のかたに納得していただく必要があるのですよ」
ふと見ると、関の額から汗が流れていた。
「申し訳ございません。野村は、ただいま営業に出ておりまして」
関は、ささやくような声で言った。数メートルしか離れていないところに座っている野村は、客の言ったことがおかしかったのか、豪快な笑い声を立てている。
「あのー、少しお時間をいただければ、代わりにわたくしが、そのお客様の整備記録を探して、お持ちいたしますが」
関がかなり無理をしていることが、額に流れる汗が増えたことからもわかった。
「いえ、それには及びません。おそらく警察の判断が正しいのでしょう。野村様には、私がきたことを、よろしくお伝えください。こちらから連絡いたしますと、ことづていただけると幸いです」
関の表情がやわらいだ。
「かしこまりました。必ずそのように申し伝えておきます」
「では、すっかり長居してしまいました。このへんで、失礼させていただきます」
「何のお役にも立てず、申し訳ございませんでした」
譲が立ちあがって、エントランスに向かうと、関も並んで歩きだした。
「それで、もしよろしければ、PHVの件をご検討なさってください」
とは、さすがに言わなかった。
自動ドアを抜け、アウディに乗り込み、窓を開けると、関は譲に丁寧に挨拶をした。
「今日は、試乗させていただいて本当にありがとうございました。それでは、失礼します」
譲は頭を下げて、車を発進した。関はその場でずっと立ったまま、アウディが見えなくなるまで見送った。