豹陣
-中里探偵事務所-

探偵
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38

 夜風とともに、にぎやかな女性グループが入ってきた。
「ここ、おいしいんだって。先生に教わったのよ」
 ウールのセーターに薄手のコートを羽織っている女性がいった。
「こんばんは。三人なんだけど、空いてる?」
「いらっしゃいませ。三名様ですか。それでしたらお席はご用意できます。お座敷でよろしいですか」
「あら、このお店、目の前で揚げてくれるんでしょ。だったらカウンターがいいわ。ねえ」
 女は、連れの二人に同意を求めた。
 ツイードのジャケットを着た女が、
「それがいいわ。空いてないの?」
 と譲にきいた。
「すでにお客様がお二人食事をなさっていますが、そのお隣でもよろしいですか」
「私はもう帰りますから、どうぞゆったり使ってください」
 皆川が立ちあがってそういうと、三人はいっせいに注目した。
「あら、このあいだの刑事さんじゃない」
 ウールのセーターを着た女が皆川にいった。
「それに、お隣にいるのは美人の刑事さんじゃない」
 彼女は、ひき逃げ事件を通報した大塚昭子であった。昭子は皆川の肩を叩いた。
「刑事さんも隅に置けないわね」
「違いますよ。仕事の打ち合わせをしてたんですよ」
「まーた、また、そんなこといっちゃって。いいわよ。わかってるわよ」
「困ったな、どうすればわかってもらえるかな」
 皆川は、目で譲に助けを求めた。
「大塚さん、本当なんですよ。実はこのお店、主人がやってるんです」
 亜沙子が打ち明けると、大塚昭子は目を丸くした。
「えっ、天麩羅屋さんの奥さんが刑事をしているの?」
 譲が調理帽に手をやり、
「いやあ、ほかの人にはいわないでくださいよ。家内が警察官じゃ、なんとなくみんな敬遠しますからね。まあ、そんなことより、お席に着いてください。このハンガーにコートをかけてください。おい、亜沙子、手伝ってあげて」
 三人が席に着くと、昭子がこのあいだの事件のことを話した。帰ろうとした皆川は、昭子にひきとめられて、結局空きジョッキ数をさらに増やすことになった。
 昭子は突然、自分の娘のことをいいだした。
「刑事さんたちをみてると、うらやましくなるわ。うちの娘も警察の採用試験を受けたんだけど、だめよ」
 刑事である皆川と亜沙子は黙っていた。
「すごいですね。じゃあ、格闘技なんかも相当やられているんじゃないですか?」
 昭子は話に乗った。
「そうなのよ、マスター」
 いつのまにか譲のことをマスターと呼んでいる。
「小学生のときから空手をやっててね、高校生のとき、インターハイにいったのよ」
「それはますますすごいですね。じゃあ、来年はきっと受かりますよ。ねえ、皆川刑事」
 皆川はジョッキから口を離して、ええ、といった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 豹陣-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2015年8月