豹陣
-中里探偵事務所-

探偵
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 皆川も真顔で反対した。
「ぼくが協力するのはかまわないですけど、民間人の、しかも女性に、危険なまねをさせるわけにはいきませんよ」
「やっぱり、そうですよね。警察官志望で、空手の達人だとおっしゃるから、私としたことが、とんだ失言をしてしまいました」
 譲は深く頭を下げた。
「もっとも、探偵事務所を本物らしく見せるために、本当に受付だけしていただいて、あとは安全な部屋に待機していただくつもりではありましたが」
「マスター、大丈夫よ。うちの娘でお役に立つなら、ぜひ使ってやってよ。それで、相手は組関係かなにかなの?」
「いえいえ、まっとうなサラリーマンで、とても温厚なかたです」
「そういう人がいちばん危ないのよねえ、歯車が狂うと」
 昭子はワインをきゅっと喉に流した。
「とにかく使ってやってよ。うちの教室の手伝いより、よそ様のところで働いたほうがいいのよ。一日といわず、ずっと雇ってもらえないかしら。多少危ない目にあったって構わないのよ。だって、どうせ警察官になったらそうなるんだし、それに、あの娘(こ)は、親の私がいうのもなんだけど、いろいろよく見て行動できる娘(こ)だから、大丈夫よ。奥さんと刑事さんも、あの娘(こ)の実地研修だと思って、認めてやってくださいな。このとおり、お願いしますよ」
 昭子はそういって頭をぺこんと下げた。なんだか話があべこべになってきた。
「でも、娘さんのお考えもあるでしょうから、どちらにしてもここで決めるわけにはいかないと思いますわ」
「じゃ、娘が承知したら、いいってことね」
 亜沙子は皆川をみた。皆川はあごをこすっているだけで、なにもいわなかった。
「じゃ、電話してみるわ」
 昭子はスマホをだして、画面に人差し指をあてた。
「ちょっと待ってください。娘さんに、私が一度お目にかかって、お願いする内容をきちんとご説明したいと、お伝えいただいてよろしいですか」
「わかったわ」
 昭子はスマホを耳に押しあて、ごくかいつまんで仕事の話を伝え、娘の意志を確認した。譲から頼まれたことも話した。そのあと少し口をとじていたが、それもそれほどには長い時間を要しなかった。簡単な別れの言葉を告げると、スマホをバッグにしまい、譲をみた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 豹陣-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2015年8月