豹陣
-中里探偵事務所-
41
「やりたいって。日時を指定してくれれば、一度店に会いにくるって」
「娘さんのご都合とか確認しなくても大丈夫ですか」
「平気よ。あの娘(こ)いつでも暇なんだから」
「簡単なんですね」
「あら、それほどでもないわ」
「それはどういう意味ですか」
「私があやしいと思うところには娘を預けたりしないわ。私があやしいと思ってなければ、娘はあやしんだりしないわ」
「これは、おそれいります」
譲は生真面目に頭を下げた。そして、冷蔵庫から二合ビンをだし、栓をあけて盃についだ。
「あら、このお酒、頼んでないわよ」
「いえ、これはサービスです。はじめて仕入れてみたお酒なんですけど、お味はいかがですか」
「甘口ね。さらっとして飲みやすいわ。どこのお酒?」
「高知のお酒です。酔鯨(すいげい)といいます。これは純米大吟醸です」
昭子は礼を述べ、くれぐれも娘を頼むといった。
「本当にそのまま探偵事務所で雇ってもらえないかしら?」
「まあ、そんなことはありえないですけど、仕事がたくさんくるようになったら、ぜひにもお願いしたいですね」
「私が口コミで宣伝してあげるわ」
「ありがとうございます」
引き戸がひらく音がして、男女二人が入ってきた。彼らが席に落ち着くころに、また引き戸がひらいた。老夫婦と若夫婦の四人組だった。
ラストオーダーの八時半になっていた。
譲は暖簾(のれん)をはずし、亜沙子はおしぼりとほうじ茶を運んだ。
新しい六人の客に譲は大忙しだった。
(最近なんだか少し忙しくなってきたな)
譲の脳裏に、娘に店の仕事を頼めないかという昭子のアイデアが現実味を帯びて迫ってきた。しかし、そのアイデアを具体的に肉付けしようとした矢先に、客の「すみませーん」の声が彼の思考を中断した。
皆川刑事の意志をもう一度確かめておかなくてはならなかった。しかし、それもまた明日、亜沙子から確認してもらうしかないだろう。
とにかく今日は、お客様たちに満足してもらえるように、天麩羅を揚げつづけるしかないのである。
「娘さんのご都合とか確認しなくても大丈夫ですか」
「平気よ。あの娘(こ)いつでも暇なんだから」
「簡単なんですね」
「あら、それほどでもないわ」
「それはどういう意味ですか」
「私があやしいと思うところには娘を預けたりしないわ。私があやしいと思ってなければ、娘はあやしんだりしないわ」
「これは、おそれいります」
譲は生真面目に頭を下げた。そして、冷蔵庫から二合ビンをだし、栓をあけて盃についだ。
「あら、このお酒、頼んでないわよ」
「いえ、これはサービスです。はじめて仕入れてみたお酒なんですけど、お味はいかがですか」
「甘口ね。さらっとして飲みやすいわ。どこのお酒?」
「高知のお酒です。酔鯨(すいげい)といいます。これは純米大吟醸です」
昭子は礼を述べ、くれぐれも娘を頼むといった。
「本当にそのまま探偵事務所で雇ってもらえないかしら?」
「まあ、そんなことはありえないですけど、仕事がたくさんくるようになったら、ぜひにもお願いしたいですね」
「私が口コミで宣伝してあげるわ」
「ありがとうございます」
引き戸がひらく音がして、男女二人が入ってきた。彼らが席に落ち着くころに、また引き戸がひらいた。老夫婦と若夫婦の四人組だった。
ラストオーダーの八時半になっていた。
譲は暖簾(のれん)をはずし、亜沙子はおしぼりとほうじ茶を運んだ。
新しい六人の客に譲は大忙しだった。
(最近なんだか少し忙しくなってきたな)
譲の脳裏に、娘に店の仕事を頼めないかという昭子のアイデアが現実味を帯びて迫ってきた。しかし、そのアイデアを具体的に肉付けしようとした矢先に、客の「すみませーん」の声が彼の思考を中断した。
皆川刑事の意志をもう一度確かめておかなくてはならなかった。しかし、それもまた明日、亜沙子から確認してもらうしかないだろう。
とにかく今日は、お客様たちに満足してもらえるように、天麩羅を揚げつづけるしかないのである。