豹陣
-中里探偵事務所-

43
「関さんがそんなふうに言い逃れるかはわかりません。ただ、私だったらそう言い逃れるだろうなと思っただけなんです」
「そうですよね。関が譲さんのように頭が切れるとは思いませんから、やはり予定どおり尋問に行きます」
「私はそんなに深く考えたわけじゃないんです。おそらく多くの人がそんなふうに答えるのではないかと思ったんですよ。それはいいとして、皆川さんは関さんがそう答えた場合も想定していると思うのですが、どう追及なさるつもりですか」
スマホから皆川のうなるような低い声が聞こえてきた。しばらくして、
「車検記録とタイヤ痕を照合すればいいんじゃないですか」
と、自信を取りもどしたようすでいった。
「それは私も考えました。しかし、うまくいくでしょうかね」
「どういうことですか」
「あくまでも私がそうきかれたらということですが、同じタイヤを履(は)いた車はたくさん走っていると答えますね。関さんが担当した車のタイヤはもう処分されていて、実物とタイヤ痕を照合するわけにはいきませんからね」
「でも、ナンバーは目撃されているんですよ」
「それはそうなんですけど、別の車がひき逃げした直後に関さんが通りかかって、人が 倒れているのに気づき、車を止めて確認していたら死んでいたので、驚いて気が動転して思わず現場から立ち去ってしまったと主張するでしょうね。もし私が関さんの弁護士だったらということですが」
「弁護士だったら」という言葉に皆川はカチンとした。天麩羅屋の主人が、なにが「弁護士だったら」だ。法律に関してだったら俺のほうが詳しいぞ。そう腹の中でいい、
「悔しいですけど、そういわれたらちょっと困りますね。タイヤが処分されてしまったのは確かに痛いです」
と譲に譲歩し、
「それでは、尋問するかどうかはいったん保留にして、明日警部補に相談してみます」
と答え、簡潔に暇(いとま)を告げ、電話を切った。
譲は小さい氷が頼りなげに浮かんだ水っぽいウイスキーをごくごく飲んだ。薄まったウイスキーがなぜかおいしく感じられた。急にやる気がわいてきて、これで終わりにするはずだったボウモアを、もう一杯だけ飲むことにした。彼は、探偵事務所で関と会うときの段取りを、今晩パソコンでまとめてしまおうとおもった。
(十中八九、関さんと会うことは決まったぞ)
貯氷ケースから氷をトングでつまみ、バカラに落とす。譲が手首を軽く下げると、引き締まった氷が濃い液体を浴びて、キーンと高い音を立てた。
「そうですよね。関が譲さんのように頭が切れるとは思いませんから、やはり予定どおり尋問に行きます」
「私はそんなに深く考えたわけじゃないんです。おそらく多くの人がそんなふうに答えるのではないかと思ったんですよ。それはいいとして、皆川さんは関さんがそう答えた場合も想定していると思うのですが、どう追及なさるつもりですか」
スマホから皆川のうなるような低い声が聞こえてきた。しばらくして、
「車検記録とタイヤ痕を照合すればいいんじゃないですか」
と、自信を取りもどしたようすでいった。
「それは私も考えました。しかし、うまくいくでしょうかね」
「どういうことですか」
「あくまでも私がそうきかれたらということですが、同じタイヤを履(は)いた車はたくさん走っていると答えますね。関さんが担当した車のタイヤはもう処分されていて、実物とタイヤ痕を照合するわけにはいきませんからね」
「でも、ナンバーは目撃されているんですよ」
「それはそうなんですけど、別の車がひき逃げした直後に関さんが通りかかって、人が 倒れているのに気づき、車を止めて確認していたら死んでいたので、驚いて気が動転して思わず現場から立ち去ってしまったと主張するでしょうね。もし私が関さんの弁護士だったらということですが」
「弁護士だったら」という言葉に皆川はカチンとした。天麩羅屋の主人が、なにが「弁護士だったら」だ。法律に関してだったら俺のほうが詳しいぞ。そう腹の中でいい、
「悔しいですけど、そういわれたらちょっと困りますね。タイヤが処分されてしまったのは確かに痛いです」
と譲に譲歩し、
「それでは、尋問するかどうかはいったん保留にして、明日警部補に相談してみます」
と答え、簡潔に暇(いとま)を告げ、電話を切った。
譲は小さい氷が頼りなげに浮かんだ水っぽいウイスキーをごくごく飲んだ。薄まったウイスキーがなぜかおいしく感じられた。急にやる気がわいてきて、これで終わりにするはずだったボウモアを、もう一杯だけ飲むことにした。彼は、探偵事務所で関と会うときの段取りを、今晩パソコンでまとめてしまおうとおもった。
(十中八九、関さんと会うことは決まったぞ)
貯氷ケースから氷をトングでつまみ、バカラに落とす。譲が手首を軽く下げると、引き締まった氷が濃い液体を浴びて、キーンと高い音を立てた。