豹陣
-中里探偵事務所-

探偵
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(それはまずいな)
 関はとっさに判断した。
(そんな電話をしたことを、あとで警察につつかれたら、説明に苦労するだけだ)
「いえ、いえ、中里様を疑っているのではありません。ただ、私も実際に自分の目でみてみないと納得できない性分なものでして」
「それはそうでしょう。では、実物をみにいきましょうか」
 譲はカップを手にとって口に近づけた。飲みごろの温度になっていて、味がわかりやすくなっていた。コロンビアの軽くてほんのり甘い味わいがでていた。
(優果さんは淹(い)れ方が上手だな)
「こちらの事務所で保管していらっしゃるのではないのですか」
「ええ、宇都宮にあるのです。どうぞ、コーヒーをおあがりください」
 譲はまたコーヒーを勧めた。
「はあ」
「飲むと少し気分が落ちつきますよ」
「はい、それではせっかくですから、冷めないうちにいただかせていただきます」
 営業マン特有の敬語でいうと、関はカチャ、カチャ音を立てて皿からコーヒーをとりあげ、慌ただしく飲みはじめた。
「いやあ、おいしいコーヒーですね。こちらではやはり、きちんとドリップなさっているんでしょうね。私などは、営業所の機械で淹れたのと、缶コーヒーしか飲まないものですから、こういうきちんと淹れたコーヒーを飲むと、うれしくなります」
 といって、また音を立ててカップを皿に置いた。
「それで宇都宮には中里様のご自宅がおありなのでしょうか」
「いえ、私の実家が宇都宮にあるのです」
「実家といいますと、ご両親のおうちですか」
 関は不安げな表情になった。
「ええ、両親の家です」
 譲は関の表情が不安げになったのにすぐ気づき、付け加えた。
「あ、心配はご無用です。家内の夏用のタイヤといってありますから。家内はエクストレイルに乗っているんです。両親にはエクストレイルとランドクルーザーのタイヤの区別はつかないですからね。父が出張で一週間ほど大阪と九州に出かけていて、母もついていっていますから、いまなら実家にはだれもいないですよ」
「そうでしたか」
 関の顔がパッとあかるくなった。
 営業所が休みの月曜にゴルフにいくことにして、関は譲の実家にいっしょにいくといった。ナビがあるなら別々にいってもいいと、わざと譲はいった。ナビはあるがいっしょにいきたいと関はいった。慣れないところはやはり案内があったほうが安心できるし、譲にガソリン代を使わせるわけにはいかないという理由だった。事務所まで迎えにくるといって関は帰った。
 一人残った譲は、おもったとおりだとおもった。
(きっとランクルでくるだろうな)
 彼は冷めたコーヒーを飲みほし(彼はおいしくはいったコーヒーが冷めたのもすきだった、特にコロンビアやブルーマウンテンは、優しい舌触りがするのだ)、自分のカップと関のカップを盆に並べて、それをそのまま奥の流しに運んだ。すると内線電話が鳴った。
「お客様はお帰りですか」
「はい」
「あ、カップ置いといてください。いま洗いにいきます」
「いえ、そのくらいは私がやりますよ。それより優果さん、そろそろ暖簾(のれん)をだしておいてくれませんか」
「はい、わかりました。すみません」
 譲は流しにもどり、丁寧にカップを洗い、丁寧に水気をふき取った。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 豹陣-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2015年8月