豹陣
-中里探偵事務所-

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場面21
むかし、生き胆とりの話の如(ごつ)おとろしか話はありませんでしたけれども、今の時代になりましたら、胆どころか、生きたまんまの脳味噌に来て食うにんげんたちの出て来て、これもにんげんの性のなり替わりでなあ、ああた。――石牟礼道子
『苦海浄土』
家の外にでて、また関が乗ってきた車に乗った。譲の視界に違和感があった。違和感の正体は、敷地の外の公道にある黒い影だった。カワサキZRX1200だ。さっきまではなかったと思った。座席に座るとなにかで圧迫されるような感触がきた。胸の周囲に締めつけ感が走った。後部座席から伸びた手が譲の胸のあたりで忙しく動いているのが見える。男の手だった。その手が力強く譲の前に結び目をつくった。譲は声をだして抵抗したが、無駄だった。関が横から男を手伝ったせいもあった。関と男は譲を縛ると、別のロープを譲の背中に回し、ふたたび拘束した。それが終わると、今度ははじめに座席もろとも譲の体を結んだロープをほどいた。もちろん譲の手は動かなかった。あとから縛ったロープがきいていたからだ。ほどいたロープは再利用された。つまり、二人はそれを譲の背中に回し、固く縛りつけたのである。譲は座席からは自由になったが、二本のロープできつく縛られ、はなはだ心もとない状態になってしまった。
二人は無言で譲を車外にだした。手の使えない譲はその勢いで前につんのめって、あわや顔面を地面にたたきつけるかとおもったが、すぐに二人の手が支え、事なきを得た。しかし、譲の状況がよくなるわけではなかった。
彼は再び実家の玄関の鍵をあけ、客の応対をしなければならなかった。もっとも実際に鍵をあけたのは関であったが。
関は今度は遠慮会釈なく、望んでいることの実現を図った。譲は犬のようにロープにつながれたまま、ガレージの入口の解錠方法を関に教えると、薄暗い中に入らされた。二人の客もついてくる。譲は明かりをともすスイッチを教え、タイヤの前まで案内した。タイヤは数分後には関の乗ってきた車に積みこまれた。ダイニングのテーブルの上に置かれた封筒はなくなっていた。
ランドクルーザーが住宅地を走りぬけ、黒いバイクがあとをついていった。
住宅街の道路の両側に高く立っている銀杏の葉が黄色くなりかけていた。譲はその情景をぼんやりとみながら「どこにいくつもりですか」ときいた。
「そうですね。どうしましょうか。先ほど教えていただいた景色のよい場所などどうでしょう?」
関の言葉遣いは、こうなったあとでも変わらなかった。
譲の話し方もこうなる前と変わらなかった。
「タイヤを捨てにいくのですね」
「そうです」
郊外の落ちついた家並みを車は静かに走っている。
譲は関の求めに応じて景色のよい場所までの道順を詳しく教えた。