豹陣
-中里探偵事務所-

探偵
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「そんな大金は無理です。私に動かせるのは、せいぜい二百万です」
「あなたのお金を動かす必要などまったくありませんよ」
 関のハンドルを握る右手に力がこもった。
「おっしゃることがよくわかりませんが」
「あなたは、私のところへ現金で五百万円持ってきてくだればよいのです。これまでもあなたは同じようなことを何度もしてきた。そうでしょう?」
「ええ、まあ、それはそうですが……」
「ただ違うのは、今度はあなた自身が自分の力で契約をとるということです。これまでは、あなたは私どもが契約を結んだ相手からお金を受け取るだけでした。しかし、今回はあなたの力でお金を得なければなりません。もちろん、名簿はお貸ししますよ。それで、お金ができたら、私のところへ持ってきてください。そのとき、お金と名簿を渡してもらいます。その代わりあなたへも通帳やらなにやら、あなたに関係のある書類はすべてお渡しします。これですべて私たちの関係は終わりです。私があなたのことを警察に話さない代わりに、あなたも私のことを警察に話さない。これでいいですか。これがいやなら自首でもなんでもしてください。私のことを話してくださってもかまいませんよ。ダメージはないとはいえませんが、しかし私のビジネスがすっかりだめになるほどではありません。保険はいろいろと用意していますからね。一方、あなたの方のダメージは大きいでしょうね。あなたの一生がすっかりだめになるほど大きなダメージかもしれませんね。ですが、私がいま申しあげましたような提案をあなたが受け入れてくださるならば、あなたにとっても私にとってもダメージは少ないのではないでしょうか。あなたは私の仕事をもうやらなくてもよくなる。私は五百万円を手にできる。いわゆる『ウィンウィンの関係』というやつですよ。いかがですか。やはり自首する決心は固いですか」
「自分で五百万をつくるということでも構わないのですか」
「もちろんそれは構いませんよ。でも、一応名簿はお送りしておきましょうか?」
 宮原の語調はにやにや笑いをしているときのそれだった。

 さっきまでやんでいた雨は、また降りだした。関はワイパーを作動させた。譲の方をちらっと見て、
「中里様、ほんとうに情けないことなのですが、私は宮原の申し出を断れなかったんですよ」
 といった。
 譲が黙っていると、関はまた話を続けた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 豹陣-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2015年8月