豹陣
-中里探偵事務所-

探偵
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「これはまだはっきり確かめていないのですが、どうやら関さんが人を轢かされた日の近くに、関さんと同じように、人に押しやられた人を轢かされた人がいるみたいなのです」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。私が人を轢かされたってどういうことなんですか」
「それは簡単です。関さんは関さんの過失で人を轢いたのではなくて、だれかを殺したい人が、誰でもいいから誰かの車に殺したい人を押しやったときに、たまたまそこを車で通りかかっただけなのです。まだ私にも確証があるわけではないのですが、おそらくはそういうことだと思っています。私は関さんが不幸な事故に遭った日以前の新聞を三ヶ月分調べてみました。すると、約一ヶ月前に神戸で似たような人身死亡事故があったのです。夕暮れの繁華街で起きた一瞬の出来事だったそうです。バスを待っていた女性が突然道路に倒れこんだのです。そこへ通りかかったSUBがその女性の体の上を通過し、即死だったそうです。繁華街だったのに、ちょうどその時間帯、そのバス停付近はたまたま人通りが絶えていたそうです。しかし、運転手はすぐに車を停め、女性のために救急車を呼びました。警察も呼びました。運転手は逮捕されましたが、本人が非常に反省しており、また本人の運転の仕方にはまったく落ち度がなく、突然倒れこんだ女性を避けるのは物理的に非常に困難であったなどという理由で、罰金刑で済んでいます。ところで、その事件ですが、わずかばかりの目撃証言がありました。バスを待つためにそのバス停に近づいた女性が、そのバス停から走って逃げていくフードをかぶった男を見たそうです。運転手はその男にはまったく気がつかなかったそうです。路上駐車している車の陰から突然女性が倒れこんだのですから無理もありません。彼の目には、勢いよくなにかが転がりこんでくることしか見えなかったそうです。路上駐車している車がなかったら、彼もなにかを目にしていたかもしれません。私はこの事故と関さんが遭遇した事故にはなにか関係があるような気がしています。それが解明できれば、関さんの裁判にも多少は有利に働くのではないかと思っているのです。いまのままだと、関さんには、一件の死亡事故と一件の殺人事件を起こした罪で、重い刑罰が待っているでしょう。しかし、事件解決に協力してくだされば、刑罰を少しでも軽いものにすることができるはずです。どうかそこのところをよくお考えください。それとも、このうえ証拠隠滅罪と殺人罪をつけ加えるおつもりなのですか」
 関の心は動揺していた。彼の良心が強く訴えるのは、これ以上罪深い行いをするなということだった。しかし彼の頭のなかは、始末に負えない証拠品と口やかましい証言者をいまならたやすく葬り去ることができるという観念が優勢を占めていた。譲の説得にはかなり心を動かしたが、もとの方針にもどるのにそれほど多くの時間を使わなかった。彼はなにもいわずに譲に道案内をさせ、人気のない山道に入った。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 豹陣-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2015年8月