豹陣
-中里探偵事務所-

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場面23
なぜ、ここへ来てしまったのだろう?――ふいに彼女は、どうしようもない後悔にかられた。なぜわたしは、ここへ来てしまったのだろう?――シャーリイ・ジャクスン
『丘の屋敷』
道路の傾斜が水の流れを作っていた。傾斜が緩くなって道の端に広いスペースがあるところに関は車を停めた。関がドアをあけると冷たい風が入ってきた。肌が湿る。ドアが閉まった。車の窓越しに二人の男が言い争いをはじめた。車の外の声は意外とよく聞こえるものなのだなと譲は思った。一人は関だった。一人はバイクの男だった。
「兄貴、俺はもう帰らせてもらうよ」
「待ってくれ。あともう少しだから」
「やっぱ、やばいよ」
「今さらなにいってるんだよ。もうあとには引けないぞ」
「だって、タイヤを処分するだけなら、一人でもできるだろ?」
「わかった。そこまででいいから手伝ってくれよ。もうそれ以上は頼まないから」
「ほんとうなんだろうなあ」
しばらく声が途絶え、雨の音だけが聞こえる。大きな音を立ててハッチバックが開く。二人の男が代わる代わるにタイヤを持ちあげて、運んでいく。冷たい風が体を動かしていない譲を寒くさせた。
「あの人、どうすんの?」
「どうもしないさ」
「まさか……」
「まさかって、なんだよ?」
「殺すんじゃ……」
「バカなこというなよ」
そういう会話が、断続的に聞こえてくる。
「だけど、それ以外に方法があるか?」関の声だ。
「ちょっと、兄貴、なんでそうなるんだよ? 話が違うじゃないか。タイヤを運びだすだけの約束だっただろ?」
「俺もそのつもりだったさ。だけど、警察に話されたらどうなるよ?」
「まったく、なんでひき逃げなんかしたんだよ」
「おまえだって、ひき逃げ犯の弟だっていわれたら、店に客が来なくて困るから、協力するっていったじゃないか」
「それは、兄貴が貸してくれた金をすぐ返せって脅すからだろ」
「お前が三百万をなんとかしてくれさえしていたら、そもそも宮原を殺さなくてもすんだし、だとすれば、こんなことしなくてもすんだんだ」