豹陣
-中里探偵事務所-
62
「返したいのは山々だけど、俺が急に三百万も動かせるはずがないって、兄貴はよく知ってるじゃないか」
「無理して、独立するからだよ。ろくに客も来ないのにさ」
「来てるだろ。俺の店をろくに見たこともないくせに」
「だったら、三百万返せばいいじゃないか」
「だから、あと少しで本格的に軌道に乗るところなんだよ。軌道に乗ったら利子を付けて返すよ」
「何度もいうけど、おまえがもし返してくれていたら、こんなことにならなかったんだぞ」
「そもそも兄貴がひき逃げなんかするのが悪いんだろ」
「じゃあ、自首するよ」
「それは困る。殺人犯の弟だなんていわれたらどうにもならないからな」
「そうだろ。それなら最後まで手伝ってくれよ」
「……まいったなあ」
弟のため息が聞こえてきた。
「足を縛ってくれればあとは俺が一人でするよ。そしたらお前は帰っていいよ。ほんとうにそれだけでいいよ」
「……わかったよ」
開けたままのハッチバックから強い風が吹きこみつづけていた。寒さで鳥肌が立った。体が震えてきたのは、寒さのためだけでもなかった。体の左側に風圧を感じた。助手席のドアが開いたのだった。関が譲の体を抱えるようにして外に引っ張った。譲は素直に従った。アスファルトの上に立つと、足首になにかが巻きついた。もちろんロープだった。足が動かなくなった。関とその弟が譲の体を路面に横たえた。両手を後ろ向きに縛ってあるので、右向きの体勢でアスファルトに横たわる恰好になった。濡れた路面に触れた布地から水がしみだしてきた。それから二人はそれぞれ道路の反対側にいって、二、三分なにかしていた。
バイクのエンジンを始動する音が聞こえた。
「じゃあ、俺は帰っていいんだな」
「ああ、ほんとうに悪かったな。でも、いろいろありがとう。あとのことは心配するな。お前はなにも見てないし、知らないんだぞ。いいな」
「わかってるよ。じゃあな」
バイクを発進させる音がして、エンジン音が徐々に高まってきたかと思うと、さらに急激に大音量になって、離れていった。
車のエンジン音もした。ゆっくり走りだした。離れていった。このまま横たわっていると、ひどいことになりそうだった。試しに体を動かしてみた。動きが悪かった。のたうちまわれば道路脇まで這っていけそうな気がしたが、そうはならないようだった。両側のガードレールの足にロープで固定されているのだった。
「無理して、独立するからだよ。ろくに客も来ないのにさ」
「来てるだろ。俺の店をろくに見たこともないくせに」
「だったら、三百万返せばいいじゃないか」
「だから、あと少しで本格的に軌道に乗るところなんだよ。軌道に乗ったら利子を付けて返すよ」
「何度もいうけど、おまえがもし返してくれていたら、こんなことにならなかったんだぞ」
「そもそも兄貴がひき逃げなんかするのが悪いんだろ」
「じゃあ、自首するよ」
「それは困る。殺人犯の弟だなんていわれたらどうにもならないからな」
「そうだろ。それなら最後まで手伝ってくれよ」
「……まいったなあ」
弟のため息が聞こえてきた。
「足を縛ってくれればあとは俺が一人でするよ。そしたらお前は帰っていいよ。ほんとうにそれだけでいいよ」
「……わかったよ」
開けたままのハッチバックから強い風が吹きこみつづけていた。寒さで鳥肌が立った。体が震えてきたのは、寒さのためだけでもなかった。体の左側に風圧を感じた。助手席のドアが開いたのだった。関が譲の体を抱えるようにして外に引っ張った。譲は素直に従った。アスファルトの上に立つと、足首になにかが巻きついた。もちろんロープだった。足が動かなくなった。関とその弟が譲の体を路面に横たえた。両手を後ろ向きに縛ってあるので、右向きの体勢でアスファルトに横たわる恰好になった。濡れた路面に触れた布地から水がしみだしてきた。それから二人はそれぞれ道路の反対側にいって、二、三分なにかしていた。
バイクのエンジンを始動する音が聞こえた。
「じゃあ、俺は帰っていいんだな」
「ああ、ほんとうに悪かったな。でも、いろいろありがとう。あとのことは心配するな。お前はなにも見てないし、知らないんだぞ。いいな」
「わかってるよ。じゃあな」
バイクを発進させる音がして、エンジン音が徐々に高まってきたかと思うと、さらに急激に大音量になって、離れていった。
車のエンジン音もした。ゆっくり走りだした。離れていった。このまま横たわっていると、ひどいことになりそうだった。試しに体を動かしてみた。動きが悪かった。のたうちまわれば道路脇まで這っていけそうな気がしたが、そうはならないようだった。両側のガードレールの足にロープで固定されているのだった。