豹陣
-中里探偵事務所-

探偵
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場面24

みんな、なにかから逃げて撃ち殺されたか、どこかの刑務所にはいるのが落ちなのよ。
――ジョン・シャーリー
『OK牧場の真実』

 これでやっと家に帰れる。関博之は山道をバイクで走らせることが楽しくなってきた。雨が降っていてももう気にならなくなった。もう心配なことはなくなったと思えたからだ。自分の先行きを曇らせていたのは、兄貴の交通事故が発覚することだった。証拠のタイヤをなんとしても処分しなければならないと先日兄貴にいわれて、頭を抱えた。証拠のタイヤを保管している探偵がいると聞いたからだ。もうだめだと思った。しかし、探偵は人がよすぎた。一本百万で買いますよといわれて、タイヤを保管している場所に案内するバカがいるだろうか。しかし、いたのだ。やつはこっちがほんとうにタイヤを買ってくれるものとおもっていたらしい。そういう、見るからに人がよさそうな男だった。ロープで縛ると、意外な力で抵抗してきた。まあ、そうだろう。女や子供だって、必死になればけっこう馬鹿力を出すからな。しかし、おもったより簡単におとなしくなった。おとなしくした方が賢明だとおもったのだろう。そりゃあ、賢明だったろうよ。おかげで俺たちは仕事がやりやすくなったからな。タイヤも計画通り順調に手に入った。タイヤの捨て場所も順調に見つかった。タイヤの処分も順調に実行に移した。探偵が永遠に口を閉ざすことになることだけは気の毒なことだった。でも仕方ない。興味本位になんでも首を突っ込んでも無事でいられるほどには、日本は平和ではないということを知らなかったのが、彼の不幸だったのだろう。かわいそうだが、仕方のないことだ。さっきは兄貴に食ってかかったが、いまにしておもうと兄貴の判断しかなかったのだった。それにしても、いろいろなことが円滑に運んだ。兄貴の事故を調査することになったのがあの探偵だったことがもっともすばらしい偶然だっただろう。ほんとうに彼は証拠品の保管者として適任だった。そう、適任すぎるほど適任だった。
 ことを終えて、冷静にそのことを振り返るときに、興奮状態にはなんともおもわなかったことに違和感を感じる頭の働き方が、いましはじめていると博之はおもった。あまりにもうまくいきすぎている。探偵はこちらがそうなってほしいとおもうとおりになってくれた。なにか俺たちは見おとしてなかったろうか。
「ファオン」
 左後方からいまもっとも聞きたくない音が聞こえた。赤色回転灯を載せた白黒のセダンが脇道から静かに顔をだした。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 豹陣-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2015年8月