烏賊がな
-中里探偵事務所-

探偵
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「なんでしょう?」
「関が初めに轢いた男を突き飛ばしたのは誰なのでしょうか。そのことについて、譲さんのお考えを聞かせていただけたらありがたいのですが」
「いや、私もそれはわかりませんよ。ただ、関さんにも話したことですが、その事故があったころ、神戸でもだれかに突き飛ばされてお亡くなりになった女子大生がいたので、それと関連しているような気はしています」
「では、その女子大生が通っていた大学で聞きこみをするのがいいでしょうか」
「それはおそらく一定の効果があるでしょうが、事故の真相にたどり着くかどうかはなはだ疑問ですね」
「やっぱり、そうですよね」
「二件の事故はまったく関係ないかもしれないですしね」
「そこなんですよね」
「関係がないかもしれないとすると、栃木県警から兵庫県警管内に出張して捜査するというのは難しいでしょうね」
「栃木県警が直接捜査するというのは難しいかもしれませんね。警視庁の捜査一課なら別ですが。しかし、状況を説明して捜査してもらうということはできるかもしれません。……が、いまの状況だけじゃ、動いてくれるとはとてもおもえませんね」
「皆川さんが私的に出かけていって調べることができるといいでしょうけどね」
「それも考えたんですが、兵庫じゃ遠すぎますからね」
「それで、私のところにお見えになったというわけですか」
「奥さんにもお話ししたんですが、恐い顔で断られました」
「でしょうね。恐いでしょう」
「は?」
「いや、家内ですよ。私は今回のことで死ぬほど怒られましたよ」
「譲さんがですか? あんなに手柄を立てたのに」
 皆川の口の中にあるスポンジとイチゴと生クリームが一瞬みえた。
「やりすぎだというんです。百万円でタイヤを一本買いとった時点で逮捕したほうがよかった、と」
「それはたしかにいえてますね」
「ロープで縛られて身動きができない状態で車で連れだされたら、文字どおり手も足もでない。あなたの読みがはずれたら、ナイフで刺されて、タイヤといっしょに谷底に放り投げられていただろうって、家内にいわれました」
「それは、ほんとうに僕もそうおもいますよ。車で轢くよりも、谷底に捨てるほうが発見される可能性が低いですからね」
「そうですよね。私は殺人じゃなくて交通事故として警察に処理してもらうほうが検挙される可能性が低いと関さんが考えたんじゃないかと推測したのですが、危ない賭だったことには違いがないですね」
「まあ、なにかあれば合図をしていただいて、我々がすぐ関の車を停めることになっていましたから、完全な捨身の戦法ということではありませんでしたけど、相手がこちらの思惑通りに動くとは限りませんからね、奥さんが心配するのも無理はありませんよ」
「そうですよね。だから、私が直接捜査に関わるのはもうやめるようにといわれてしまいました」
 皆川は複雑な表情で黙っていたが、そのうちにまた口を開いた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 烏賊がな-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2017年9月