烏賊がな
-中里探偵事務所-

探偵
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「直接捜査に関わるのではなくて、助言をするぐらいなら奥さんは怒らないでしょうか」
 皆川はだんだんいろいろなことがわかってきていた。はじめはかわいくてそそられた亜沙子は厳しく隙のない女性であること。不用意なことをいうと、そのときはなんでもないが、あとで確実に厳しい制裁が待っていること。制裁というほどのことはさすがにあまりないが、「次はこうしてほしい。ここはこういうふうに変えてほしい」といわれ、その要求が果たされるまで粘り強く責めつづけられるということ。そういうことなどがわかってからの皆川は、亜沙子に失礼な口のきき方をすることはなくなった。
 それから譲に対しては、ただの天麩羅屋の主人だという見方はしなくなった。捜査を実行に移すときの如才なさ、捜査に関わる関連部署とのやりとり、法的手続き、書類作成能力などに関しては、亜沙子は、断トツに優秀であるが、ひらめき、謀略、人材の絶妙な活用法、人の心理の操り方、だれも気づかない糸口に目を向ける能力、なによりも物を考えるときのテンポがどこか通常の人とは違っているところなどは、ちょっと譲は特別だった。決して亜沙子にそういう能力がないというわけではないし、自分にだってそういう能力がまったくないというわけではないということも知っていたが、そういうレベルではないのだ。むきになって譲と張り合うより、譲の能力を認めて助言してもらう方が賢明であるということを、さすがに皆川も、そんなに若い年でもないだけあって、受け入れることができるのであった。あの逮捕劇のあとの皆川は、譲の助言を自分から求めてもいいとおもうようになっていた。もちろん刑事としてのプライドがそれを愉快におもわないところがなくはない。しかし、彼にはほかの事情もあったのだ。
「皆川刑事といっしょに佐野の事件についてお話しするくらいだったら、問題ないでしょう」
「ほんとうですか。それはなによりです。では、早速ですが、譲さんとしては、この事件、どのへんが気になっていますか」
 譲は、ケーキの真ん中にフォークをさしたまま、少し考えこんだ。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 烏賊がな-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2017年9月